光の矢を出すのは一本から
今、太陽はすべて欠けて、
七つの月のうち、三つだけが夜空で輝いていた。
それでも、私たちとって暗闇は問題にならないから手を繋いで、
ただひたすらに走った。目指すべきものは何もない。
ただ、できる限り遠くへ――。
どれくらい走ったかな?
開けた場所にたどり着くと、ヴェルシーに合図を送った。
「ここで、ちょっと止まろう」
その瞬間――
オオォーーーン……!
遠くから、狼型動植物種の遠吠えが響いた。
「まだ遠いけど……絶対、追いかけて来てるよ」
私は目を澄ませながら言った。
「多分、十頭くらい」
「面倒そうだね」
まるで他人事のように呟くヴェルシーだった。
だけど、彼女は"知識"としては対処法を知っているはず。
「ねえ、どうする? どうする?私、兄様たちみたいに、
切ったり、刺したり、叩いたり……できないよ……! どーしよう!?」
「姿が見えてきたら、対処してみるよ。でも、
その前に……どの植物種に操られているか、わかるかな?」
支配している植物種の種類によって、
狂暴性、筋力、敏捷性、魔法耐性――すべてが違ってくる。
なんとなくは教えてもらっていたけれど、
"どの動植物種が魔法耐性を持つのか"までは、私には判断できない。
でも、植物種の分類ならわかる。
「第二種あ、い、と、同じく第二種あ、え、は。――役に立った?」
これは戦闘時に情報を素早く伝えるための"簡略型"の分類。
私のトール国で使われる型式だけど、ヴェルシーにも伝わったかな?
ちらりと横を見ると、ヴェルシーはすでに立ち上がっていた。
「一番簡単な初歩魔法を教えてあげるよ」
「……私、使えないのに?」
困惑する私を見て、ヴェルシーは楽しそうに笑う。
「知識があるのと、ないのとじゃ全然違うでしょ?」
そう言いながら、ヴェルシーのまわりに、淡い光が生まれてきた。
一つ…三つ…五つ…………。
もう数えきれないほどの光球。次々と増え、周囲を照らし始めた。
これが、魔法……わかりやすい魔法は初めてかも。
私が見とれている間に、光は尾を引くように動き、
最短距離を取って狼型動植物種たちへと向かう。
狼型は俊敏に身をひねり、光を避ける。
だけど――光は急激に方向を変え、改めて標的を狙う。
その変化に対応しきれなかったのか、
多くの狼型に二、三本の光が突き刺さった。
光は、刹那の輝きを残して消えた。
――そして、それと同時に。悲壮な遠吠えが響いた。
……と思った瞬間、新たな光源が放たれる。
飛ぶようにして狼型へと向かい――そのまま、息の根を止めた。
すべてが、ほんの数秒の間に起きた出来事だった。
すごい! でも……でも、それが初歩の魔法って……ほんと!?
ヴェルシーは小さく肩をすくめた。
「ごめんね。初歩なのは、この"光の矢"を一つ飛ばすことで。
みっつ出せれば、魔法学校じゃ初心者を卒業って感じかな」
ヴェルシーは軽く手を広げながら続ける。
「この魔法は、詠唱者が"見ている"標的なら必ず飛んでいって刺さる矢だよ。
君にぴったりな魔法だから、どうにか使えるようにしたいね」
"見える"相手に放てばいい……? それなら、確かに私向きかもしれない。
でも――
私に、才能さえあればなぁ……
「まぁ、今の狼型のグループは問題なかったけど……」
ヴェルシーは腕を組み、少し考え込む。
「もっと危険なやつがいれば、まず君が危ない。
だから、できるだけ接敵しないようにしたいよね」
「ふみゅ……足手まといにならないようにしたい……」
私はヴェルシーに懇願するように見つめた。
ヴェルシーは小さく笑いながら、「はいはい」と軽く返した。
「まずは、僕から離れるっていう選択肢を入れたいね。
君の安全が確保できていれば、僕も戦いやすいし」
「でも、私……迷子になっちゃうけど?」
首をかしげながら、解決策を求めた。
ヴェルシーは少し考え――すぐに答えを出した。
「とりあえず、糸で結び合っておくよ。
戦闘中でもすぐに君の位置を確認できるようにね」
「……うん。子供みたいだけど……ありがとう」
私はそう言いながら、幼い頃を思い出す。碧り佳姉様と深る雪姉様――
どちらとも、迷子にならないように同じような糸を結ばれたことがあった。
それだけじゃない。
植物種の森へ勝手に入らないように、アラームまで持たされた事があった。
いま思うと、かなり過保護だったなぁ……
――いや、今もか。
はぁん、大きくため息をついた。
「瑠る璃、また何か来るよ」
「ヴェルシー、何かが見ている?」
お互い、同時に話した。
「丁度いい」
ヴェルシーは軽く息を吸い、何かを決断したように指を差す。
「あっちに走って、全力でね」
ヴェルシーが指したのは、何かが迫ってくる方とは反対側だ。
だけど――私は動かなかった……。
あれは……見覚えのある"闇"だった。




