結果的に良かったかな……
――たぶん……だけど、私、飛んでいる……?
背中に伝わるヴェルシーの温もりは確かで、安心感があった。
けれど、視界に広がるのは見慣れない景色。太陽の日差しがキラキラ見える。
そらってこんな綺麗にみえるの?
深い空を見ていると何かが見えた。
何か動いている……目がある?生き物?
でも、ひらひらと動き、妙な形をしている。こんなの、見たことない。
きっとこれも、別の――見たことのない、繋がった世界。
その不思議なものは、次第に遠ざかり、やがて見えなくなった。
「瑠る璃、平気かい?」
ヴェルシーの声が、耳元で響く。
「あれ、見て。さっきまでいた植物種の世界が、
あんなに遠くなっちゃったよ」
ヴェルシーが指す方を見ると。巨大な穴ができていて、
粉砕された植物種だろうか、霧がかかっている様に見えた。
「どうなってるの?」
「簡単に言うとね、"飛び上がることに抵抗した"んだけど――ダメだったんだ。
その反発で、こんなに飛んじゃったってわけ。――でもかえって良かったかな」
「……まほうって、すごいんだね」
ぽつりとそう呟くと、ヴェルシーがくすっと笑う。
私もつられて笑った。
「まほうはなんでもできるからね」
ヴェルシーの言葉に、私はもっと笑った。涙が出るくらい、心の底から。
そして、ふと振り向く。
――彼女を、見た。
「あっ」
「えっ、どうしたの?」
少し不安になり彼女を見つめた。
「このまま、さっきから落ちてるみたいだけど……まさか?」
ヴェルシーはゆっくり首を振った。
「違うよ。"いつもの"君の瞳が、綺麗だと思っただけ」
「もう」
私はそうつぶやくと、また背を向けた。
「もう落下速度を落とさなきゃ。ゆっくりね」
ヴェルシーの声に意識を向けると、確かに体がふわりと軽くなった。
――彼女が言った通り、段々と速度が落ちていく。
――地面に近づく頃には、まるで逆に浮いているかのような感覚になっていた。
足が草を踏む。
周囲を見渡せば、ぽつぽつと生えた木々と、
腰の高さほどまで伸びた草が群生していた。
足を動かすたびに、草がふわりと揺れ、進むのがやけに歩きづらい。
「ヴェルシー、これって……危険なやつだよね?」
困った声で問いかける。彼女なら、きっと平気だろうと思って。
「うん、面倒なところに降りちゃったね」
ヴェルシーは少し苦笑しながら答えた。
この草――植物種の中では比較的穏やかな部類に入る。
けれど、もし傷つけてしまうと、一瞬にして硬度を増し、鋭い剣になる。
しかも、その変化は周囲へと波及し、数十分が経つまで元に戻らない。
つまり……うっかり踏み傷つけてたりしたら、
大変なことになるってことだよね?
私はそっと足元を見つめ、慎重に一歩を踏み出した。
――「うん、だめだよ」
私は三歩で諦めた。
動こうとするたびに、草が微かに揺れ、周囲へと不吉な気配を広げていく。
……やっぱり、これ以上は無理。
幼い頃、植物種の怖さを叩き込まれた記憶が蘇る。
「平気、平気だ!」
そう言って、この植物種に真正面から挑んでいき――
そして、血まみれになった、三スイ三兄さまの姿。
ほかにも、ものすごく硬化した実が四方八方から高速で飛んできて、
体に穴を開ける植物や、息ができなくなる毒煙をまき散らして、
そのまま命を奪うものもあった。
兄様は、自らの身体でそれらを教えてくれた。
忘れようがない。
「もう一回、さっきみたいにバーンってどうかな?」
ヴェルシーが考えているのだから、いずれ助かるのは間違いない。
でも、一応聞いてみた。
ヴェルシーは肩をすくめる。
「あれは、僕がやったわけじゃないし……」
そう言って、少し考え込んだあと、植物種の群れを見渡した。
「君が考えてる通り、考えなしに植物種を傷つければ、
倍になって返ってくるし。……”あれ”どうなるんだろうね」
――大きく息をついて、さっきまで居た遠くを見た。
もう、先ほどの穴は見えない。距離も離れすぎて、
何が起こっているのかも分からなかった。
――けれど、空をみてみると、キラキラと光っているように見る――気がした。




