闇猫は水になれるみたい
あっ。目の前に闇が一気に広がって、私のまわりを包み込んでいく。
一瞬、紅い目と口が見えたと思ったのも束の間、それはすぐに消えていった。
外に出た瞬間に、キューちゃんに食べられたみたい……ぱくっ……と。
ふわっと浮かぶ感覚。上下の感覚がなくなり、そのまま意識が遠のく――。
――そう、いままでの私だったら。
感覚を研ぎ澄ます。わずかな闇の濃淡を見極め、自分の位置を正確に把握する。
「ヴェルシー?」
隣にいるか確かめるように声を掛ける。すぐに返事があった。
けれど――ヴェルシーの姿が見えない。
あれ?
確かに傍にいるはずなのに、どうも感覚がずれている。
視線を動かし、自分の体の向きを確認して気がついた。
……私、横になっているのかな?
「わかる? もうわかった?」
ヴェルシーが私に手を差し伸べる。その手をつかみ、ゆっくりと起き上がった。
「すごい、気を失わなくなったね。転送系は感覚がなくなるからね」
……もう、すごいのは君なんでしょ。
ヴェルシーの視線をはずして周りをみた。
狭い部屋。円形の壁。周囲には窓が並んでいる。
展望室――?
外を見ると、魔法生物キューちゃん特有の跳ね回る景色が広がっていた。
「どうやらこの子は、魔掌ルドの居場所がわかってるみたい。
どこかに向かってるよ。」
ヴェルシーの言葉に、私は窓を開け、
両手で窓枠を握りながらもう一度外を見た。
魔法生物キューちゃんが跳ねるように進んでいく先――。
「見て! 植物種の棘で囲まれた部屋に、魔掌ルドさんがいる!」
指をさしながら言うと、ヴェルシーも目を凝らした。
「まだ僕には見えないけど……たぶん、この子も"感覚"で捉えてるんだろうね。」
そう言いながら、ヴェルシーが視線を戻す。
「――でも、もう君が言った方へ向かってるよ。」
――魔法生物キューは、そのまま棘に囲まれた牢獄へと飛び込む。
「えっ……すごい。」
棘は四方から鋭く張り出し、隙間を通ることなど不可能に思えた。
だけど、魔法生物キューちゃんはまるで水のように、
抵抗なくするりと牢獄の中へと入り込んだ。
魔掌ルドは魔法生物キューに目をやり、ゆっくりと頷く。
――その瞬間、扉が開き、魔掌ルドが姿を現した。
「君たち、わざわざ来てくれたのか……。」
魔掌ルドは私たちの姿を確認すると、一瞬目を見開き――すぐに深く頷いた。
その表情には、驚きと安堵、そして複雑な感情が入り混じっているようだった。
「この子を助けてくれて、ありがとう。……やはり、人種はいいな……」
魔掌ルドは感激に出る涙を上を向き耐えた。そして憤りを抑えながら。
「――しかし、愚かな者も確かにいる。
この場には、いくつかの種族が集まっているようだそれは間違いない。
ただの集会なら問題ないと思う……だけど秘密裏に行われ、
知る者は私たちのように捕えられ、牢獄に閉じ込められる。
関係ない私たちをな。」
「この子の力を借りれば、私たちもここから脱出できるよね?
でも、見張られているのかしら?」
魔掌ルドに問いかけると少し考え、慎重な口調で答える。
「この部屋を出るのは簡単だ。
だが……先ほど、ここに入れられる時に、
君たちの世界に住む精霊使いを何人か見かけた。
偶然、あの雪の精霊がいたわけではないと思う。
この世界は至る所に転移できるようだし。
どこかで見られているのかも。――やはりフロラ王か……」
魔掌ルドの表情は険しい。彼もまた、事態の全貌を掴みかねているようだった。
私には、魔掌ルドさんの話は分からないけど。
みんなで脱出するにはどうすれば……
魔掌ルドさんの言葉を消化しきれずに考え込んでいると、
不意にヴェルシーが軽く肩を叩いた。
「ちょっといいかな?」
ヴェルシーが静かに言った。
「僕は――いや、僕たちは見つからない自信がある。
だから囮になるよ。いいよね、瑠る璃」
私は嬉しかった、ただヴェルシーを見つめて頷いた。
魔掌ルドは、私たちを交互に見返しながら考え込んでいたが――
やがて決断したように息をつく。
「頼みます……。
――魔法人の私を助けようとする者など、今まで出会ったことがなかった」
「気にしないで。」
ヴェルシーは軽く笑いながら言う。
「僕たちは、ただ世界を知りたくなっただけ。
だから、できることは何でもやるだけ。だよね」
「……うん」
私も、笑顔でそう思う。
何にもできない私が、できることは――"できることだけ"




