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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第二章:侵蝕遷移

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フロラ王の地下都市には花がたくさん

この植物種の地下都市は、私たちがいる反対側の壁がかすむほど遠かった。

天井はまだ見えるけど、かなり高い。


帝都にも似ていたけど、今考えるとさまざまな点が違っていた。


帝都も私の国も、人々がたくさんいて賑やかで生命力に満ちた世界だけど、

ここはとても静か。植物種は普段も静かだけど、動植物種すら見当たらない。


だけど――私は見つけた小さな花を。


私は視線を止める。

それは、広大な多色の植物種の中でぽつんと咲く、たった一輪の花だった。


私の血の色を思い出す、花びらが幾重にも重なって、宝石のように輝いていた。

かすかに風が吹くたび、甘い香りが漂ってくるような気がした。


「ねぇヴェルシー、花が咲いているよ。可愛い花よ。」


私が指さすと、ヴェルシーは目を細めてその方向を見た。


「どこに?」


その問いに、私は少し戸惑う。

あまりにも遠くにあるせいで、はっきりと見えるのは私だけなのかもしれない。


集中して目を凝らさなければ認識できないほどの距離に、

それは確かに存在していた。


「……ちょっと遠いかもしれない。でも、あそこに咲いているの。」


ヴェルシーはもう一度目を凝らした。

だけど、やはり見えないのか、軽く首を傾げる。


「僕にはよくわからないな……君の方が目がいいからね」


えへっ、その言葉に少し誇らしく思いながら、再び花へと視線を向けた。


「きゃ!」


「どうしたの瑠る璃!」


私はもう一度、目を凝らして、その花を見つめて見た。

花の模様?でも違う。キョロっと目が動いているのがわかった。


「あの花……花に目があるのよ。こっちを見ている? かな?」


不思議な感覚だった。ただの花じゃない。

そこには、確かに意志を持った何かが存在している気がした。


「――あれは動植物種なのかな? でも姿は獣種の姿をしてないし……」


ヴェルシーは私の言葉に、少し困ったように微笑んだ。


「落ち着きなよ。どんな姿をした動植物種がいてもおかしくないよ。

よく見て」


「うん、そうなんだけど……胸騒ぎがするの。見られている気がするのよ」


――いいえ、違う。


――もっと違うところから、見られている気がする……


どこ……?


息をひそめ、意識を集中させた。その肩にそっとヴェルシーが手を添えた。


「僕がいるから平気でしょ?」


ヴェルシーはそう言いながら、優しく寄り添った。

私の体に伝わる、彼女の温もり。おちついてくる。


私はヴェルシーに笑顔をあげて、再び視線を巡らせて見た。


――違う。私は誤解していたかも。


”私”を見られていると思ったけれど、そうじゃないかも。

この辺り――魔法生物キューちゃんを探しているのかな?


私はその視線を感じていた。


どこから探しているの?


――そして――私は見つけた。私を探している"目"を――。


思わず言葉がこぼれる。


「見つけたよ、あれ……」


だけど、その言葉はヴェルシーに遮られた。


「瑠る璃、僕も見えるよ。君の眼を通して、はっきりとね」


ヴェルシーは私の背中にそっと顔を寄せて、目を閉じている。

そして、小さく囁いた。


「……どうしてだろう? いままで君の感覚を、

ここまで鮮明に感じたことはなかったのに」


ふふっと、笑みをこぼした。


ヴェルシーが私と、ここまで感覚を共有できたのは初めてかもしれない。

でも、それよりも――


「でもさ、瑠る璃。僕、思ってもみなかったよ……

巨大な目玉だけが、こっちを見ているなんて」


――そうだった。


考えてみれば、あれは一体なんなのだろう?


ただの眼球じゃないし、生き物でも……ないよね、

なのに、こちらを探している……?


「――ちょっといいかい、君たち。」


魔掌ルドの声が、緊張感を帯びる。


「実はさっきから、魔法生物キューが警戒モードに入っているんだ。

早く立ち去った方がいいだろう。」


「……確かに、あんな気分の悪い目玉を見ていても、意味はないかもね。」


移動する魔法生物キューの中で、私はまだ見ていた。


――フロラ王の地下都市。


どこか私たちの帝都と似た雰囲気を持っていた。

そのテラスの部分に、あの巨大目玉が浮かんでいた。


――それだけじゃない。


無数の神経が目玉から伸びていて、それを誰かが……。


「あれは……精霊だね。」


ヴェルシーが低く呟く。


「えっ、精霊? あれが?私が見たことのある精霊は、

力強く、美しい精霊たちだった。……あんな姿のものもいたんだ。」


「僕も実際に見たのは初めてだよ……」


私は精霊とは、この世界のすべての“生命”の生まれ変わりだと教わっていた。

だから、姿かたちに善し悪しはないとされている。けれど……


「窓を閉めさせてもらうよ」


魔掌ルドはカウンターの後ろへと戻り、慌ただしくボタンを押していく。


半面全開だった窓がせり上がり、

壁が元通りになった。魔法生物キューがどんどん速くなる。


窓が完全に閉じた瞬間――


「おいおい、どうしちゃったんだ、キュー!」


魔掌ルドの声が上ずる。

彼はボタンを押し続けながら、必死に何かを確認している。


「これはマズい。君たちはここにいてくれ!」


そう言い残すと、彼は裏の扉へと消えていった。


私は不安を抱えながらも、窓へと駆け寄る。


「ヴェルシー、見て! どこからか白い粒が舞ってるよ?」


ヴェルシーが窓を覗き込むと、外の景色が白く霞んでいた。


「瑠る璃、雪だよこれ……ほら、外がどんどん白くなってる……!」


こんなの始めて見た……雪って言うんだ……


ヴェルシーの声には、焦りが混じっていた。

窓枠にはすでに薄氷が張り、冷気がじわじわと室内に侵食していた。


「寒くなってくる……」


私は腕をさすった。体温を奪われるような感覚がどんどん広がっていく。


立っているだけで、床から冷たさが伝わる。

まるで、この場所そのものが凍りついていくようだった。


――寒い、こんな体の芯が冷たくなるのは初めて……


――そのとき。


バタンッ!


魔掌ルドが青ざめた顔で戻ってきた。


「キューが操られている。抵抗はしているが……このままじゃ持たない!」


魔掌ルドが叫ぶ。


「操られてる……?」


私の疑問に、魔掌ルドは低く呻くように答えた。


「キューの内部に埋め込まれている植物種の力が……強制召喚を受けている。

こんなこと、今まで一度もなかった。

……いざとなれば逃げればいいと思っていたが……」


魔掌ルドは唇を噛みしめる。


「雪か……」


彼はうずくまり、頭を抱える。


突然、機体がガクンと揺れた。

壁に備え付けられたランプが一斉に赤く点滅する。


「な、何……!?」


壁に手をつきながら、バランスを取る。


次の瞬間、キューが急旋回した。


ゴッ……!!


機体の外殻が何かにぶつかる鈍い音が響き、内部に衝撃が伝わる。


「くっ……キューが抵抗してる。戦ってるんだ……!

君たち、急げ!! 早くセーフティールームに入るんだ、今すぐ!」


揺れる床に足を取られそうになりながら、

私はヴェルシーと魔掌ルドの後を追う。


「姿勢制御もダメになる……このままじゃ……!」


さらに大きな揺れが襲い、床が斜めに傾く。


ガタッ!!


荷物が棚から落ち、カウンターの上の器具が音を立てて転がる。


「……まずい……!」


魔掌ルドが顔を青ざめさせ、叫んだ。


「各自、一人ずつ入るんだ!」


一人しか入れそうにない狭い空間。


私はヴェルシーと顔を見合わせる。


二人で入れば安全な気がする……でも、時間がない。


ルドさんを信じよう――


私は意を決し、たった一人でシェルターに飛び込んだ。

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