お腹痛くなっても知らないよ?
「瑠る璃」
私、名前を呼ばれた気がする。気を失っていたのかな?
あいつに食べられちゃったからかな?まだぼーっとする。
でもここは暖かいし、いい匂い。あれ?部屋に戻っちゃったのかな?
私はお風呂を探す様に手をもぞもぞと動かした。なにかやわらかい物を抱いている。
そうだ私。ヴェルシーを抱きかかえたんだ!
「あっ、大丈夫?!ヴェルシー。」
起きて確かめようとしたが、彼女と一緒になにかに包まれていて動きにくい。
「大丈夫だから、離れてよ!」
あれ?手の感触から彼女の肌を感じる。
どうなったのか分からないけど、裸のヴェルシーを抱いている!?
「もう、出て行ってくれー、うぅー。」
「もう!」と私をぐいぐい押してくる。せかされて出る。
頭が出るとそこがわかった。彼女のローブの中に一緒に入っていたんだ。
抱きついてるくらいでそんな照れないでよ。
頭と手以外の肌を見たことなかったから、体はないかと思ってたよ。
ちゃんとあってよかった
全身をだして周りを見る。どうやら獣種のお腹の中ではないみたいだった。
いつもとても便利なローブだとは思っていたけど、すごいね。私を守ってくれたんだね。
顔にまとわりついている髪の毛を払いつつ、周りを確かめる。
狭い部屋で、一人用のベッド。机に椅子。テーブル。そして扉だけがあった。
また彼女に押され、バランスを崩してベッドから落ちた。
まだ機嫌が直ってないみたい。
体をさすりながら立ち上がり、大きく伸びをする。テーブルの明かりが、勝手についた。
「見て、メッセージがあるよ!部屋に来て欲しいと経路が書いてある。」
ここはどこなんだろう?。話が聞きたいわ
彼女を引っ張り起こし、聞いたけど「知らないよ」と素っ気ない。
そのまま手を繋いで部屋を出た。
廊下の様な通路。左右に伸びている。
腰の高さからいくつもの窓が並んでいて、そこから流れる風景が見えた。
私は窓のガラスに顔が触れるほど近寄って覗いてみた。
「すごい! こんなに速く森の中を移動するなんて。なにこれ!?」
目に映るのは、二人分は高い場所から見ている景色。そして予測不能な動きを繰り返している。
右へ進んでいたと思えば、突然左へ。次はぴょんと跳ね上がったかと思うと、急降下……。
なのに、私たちはまるで何事もないかのように普通に立っている。
どうなってるの……?
目が、目がまわって。気持ち悪い。
「ヴェルシー、まわっているよー」
「君がまわっているんだけど……幻術じゃなさそうだし、
強力な姿勢制御だと思うよ。どちらも古代魔法じゃないね、これ」
私は窓から離れて、「へー」と目が回ったせいにして一応返事をした。
もう、風景を見ないようにして、二人並ぶと窮屈な通路なので、私が先に進む。
右側には上り階段があるが、経路図によればこの先の扉を開ければいいみたい。
スライドする扉の前で取っ手に触れて止まり、少し考えた。
ここがどこかもわからないけど、この先に何が待ち受けていようと平気だよね?
上半身だけひねり、後ろのヴェルシーに視線を送るとうなずく。
――カタカタと音を立てて、扉を開けた。
カウンターキッチンが目を引く、黒を基調とした部屋。
壁に瓶が並び、グラスが掛けてあった。
テーブルには見たことのない料理のようなものが並び、
奥では誰かが忙しく動き回っていた。
彼の身に着けているのは制服のようにも見えるが、その上にエプロンをまとっている。
壁についた多くのボタンを押すたびに、ピッピッと軽快な電子音が鳴る。
「――そこに座って待ってくださいね。もう終わりますから」
低めの声が響く。声の主は男性のようだ。
チンッ――
ひと際高い音が響いた。
危険な気配はない。私はカウンター前にあるクッションの椅子に腰掛けた。
ヴェルシーもちょこんと座ると、すぐに目の前の小粒な実に手を伸ばし、勝手に食べ始めた。
「瑠る璃、これやっぱり食べ物だよ。本で読んだし、イラストにもあったやつだね」
彼女は得意げに言うが、私はまだ確信が持てない。
そもそも、ここに並ぶ料理らしきものも、調理する音も、すべてが未知のものばかりだった。
――カウンター奥の人が振り向いた。
ひげを多く蓄えた、私の父様ほどの男性。その顔もやさしげだった。




