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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第一章:少女二人

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結局これって家出じゃなくない?

これから来る『蝕界』はいつもと同じ。私が見ている夜空も同じ。

私は……――何が違うのだろう?緊張している?この世界からの家出のせいなのかな?


「瑠る璃」と声がかけられた。何度も呼ばれていたようだった。振り向いて笑顔を見せた。

ヴェルシーは顔しか見えないぶかぶかのローブ姿、いつもと変わらない。


「あっ、ごめんね。もう行くの?」


「いや、『蝕界』はまだだけど、実はユキラゼから知らせが来たんだ。

ちょっと見に行ってくるから待っててくれる?……寝ないでね!」


ユキラゼパパから?!それはあの男性の話?


「私も行く、いいでしょ?」


もしも、ダメだと言われても付いていく気満々だけどね……


「じゃあ、一緒に行こうか。あっちだよ。」


ヴェルシーがすごく興味を持っていた、あの男性がこんなタイミングで見つかるなんて……

家出が中止になっちゃったりするかも?


不安と共にヴェルシーに付いて扉を通ると、

おかしなほど盛り上がっているユキラゼパパがいて、一瞬で不安が飛んで行った。


「んーひゃほー。あっ、ヴェルちゃん。来たよ、来たよ。見るかい?見るよねー」


私の事など見てないと思うがユキラゼパパに挨拶をして、台の上に寝かされているあの男性を見た。

死んでいるのであろう男性。見るのは初めてだ。いや、死んだ直後の姿なら見たことがある。

だけど、通常はすぐに《復活》へ向かうため、体が消えていくのが普通だ。

老死した者たちはもう《復活》しない。

その体は獣種のように朽ちていき、それが『非物質界―アストラルプレーン』へと行く合図となる。

それが本当の死とされている。では、この男性はなんだろう?死んでいる?本当に不思議だ。


台上に仰向けに寝かされ、シーツが掛けられているだけ。

ユキラゼパパが下半身までシーツをめくると、腐敗しているのがよりはっきりとわかる。

そして食べ物が腐るときの匂いとは違う、独特な匂いがする。


ヴェルシーは男性の頭の上側に移動し、両手で包み込むように触れている。


「ヴェルちゃん、どうだい?すごいだろ?すごいんだよ。本物さ!これは僕の研究が始まるよ!」


「ユキラゼ、邪魔!あっち行ってて」


ヴェルシーが冷たく言い放つ。だが、ユキラゼパパはまったく聞く耳を持たない。

今度は冷たい目でじっと睨みながら、一言――


「邪魔」


「ひゅはぁ……」


変な声を漏らしながら、ユキラゼパパは奥へと引っ込んでいった。


「この男が、僕たちの行き先を知っているかもしれないんだ」


えっ、どういうこと?


ヴェルシーはそれ以上何も言わず、静かに集中し始める。私も緊張して来る。


――部屋の空中に、煙のような糸が男の体へと伸びていく。


なんだろ、これ……?


「瑠る璃、もっと下がっていてくれるかい」


言われた通り下がると、先ほどの糸が段々と横たわる男性に伸びてゆき、繋がった。


ヴェルシーを見ると、いつものように魔法を掛けていると思ったけど、口元が動いている。

ん?なんだかこの男性と話をしている様に見える、

死んでいる人と話せるの?私にとって魔法とは不思議が増えていくだけだった。


どうやら終わったようだ。ヴェルシーは大きなため息をつくと、部屋の緊張が一気に消えた。


「期待したことは教えてもらえなかったよ。まぁ、しょうがないか」


ヴェルシーは残念そうに言った。


「いいかい?」


どうやら興奮が冷めたユキラゼパパが近寄ってくる。


「あっ、瑠る璃ちゃん元気かい?――ヴェル君、用が済んだなら、

僕がもらっていくからね。――大事にしないと」


そう言いながら、シーツを両手で持ち、優しく男性の全身にかける。


ユキラゼパパは「んー」と背伸びをして満足げに微笑む。

ヴェルシーは残念そうな表情で私の方へ歩いてきた。


「時間ももうすぐだし、行こう」


私は気づいた。さっきの煙のような糸が、ユキラゼパパの尻尾のように伸びている。

そしてヴェルシーの足元からも伸びている。

横たわる男性からの糸は、空中高くへと続いていた。


なんだろう、この揺らめく糸は……? みんなにある?


「えっ!」


めずらしく、ヴェルシーが驚きの声を上げた。


「瑠る璃! まだこの男に魂糸が繋がっているのかい?」


魂糸という言葉は聞き慣れないが、今見えている糸のことに違いない。

まだ男性と繋がっている。その糸を視線で追いかけ、繋がっているのを確認して


「うん。繋がっているよ」と答えた。


「瑠る璃、この男は生きたいと思っているんだよ」


急に、青い光が至るところから生まれる。

以前にも見た、光源のない青い光――ヴェルシーの魔法だ。

危険な魔法。だけど、私に恐怖はなかった。この光は、まるで美しい幻影のようだった。


「ヴェル君、やめてー!」


ユキラゼパパは恐怖に震え、床に伏せて懇願している。もう気絶寸前だ。


ヴェルシーの魔法には、詠唱もなければポーズもない。

それでも魔法とは、自らのマナを使う行為みたいだ。

そして、これほど危険な魔法には、大量のマナが必要であり、それにより疲労が生じる――

見ていると、きっとそういうことだと思う。


頑張ってヴェルシー。


――部屋中を飛び舞っていた青い光が徐々に少なくなっていく。


「この光もどこへ行くんだろう……」


すべてが溶けて消えていった。


どうなったの……?


荒い呼吸を整えながら、ヴェルシーが深呼吸をひとつ。


「成功した……思ったより、この空間って壊れないね。」


それはなに? 魔法使いの冗談かな……?


私には、何が起こったのかまるでわからなかった。だけど、そのとき――


シーツをかぶった男性から、低いうめき声が漏れた。


「う、う……ここは……?」


男は自らシーツをはねのけ、上半身を起こす。ゆっくりと周囲を見回した。


ヴェルシーは彼の手を取り、落ち着かせながら静かに語りかける。


「申し訳ないけれど、聞いてほしい。

あなたを僕が生き返らせたんだ。だから、教えてくれないかな?」


「……なんだと?」


「『魔法王ジ』『ルット扉』『ライネアス国』――これらのことを知らないかな?」


「……それがどうしたんだ? ここはどこなんだ?」


「ありがとう、名前も知らない放浪人。

あとのことは、そこにいるユキラゼに聞いてくれ。何でもね」


どうやらヴェルシーにはそれだけで答えになったようだ。いい笑顔だ。


ユキラゼパパは呆然と突っ伏していたが、やがてふらふらと立ち上がり、震える声で言った。


「ヴェルちゃん、それはないよ……彼……生きてるよ……?」


ヴェルシーはユキラゼパパには笑顔だけを置いて行く。


そして、私の方へ振り返った。


「瑠る璃。さぁ、行こう。もう時間がない、『蝕界』が来る」


何も分からないままだったけど、あとで聞けばいい。でもその前に、やるべきことがある。


ユキラゼパパの部屋を出る。ここはどこ? いや、記憶にある。

二人の家の最上階室だ。小さい部屋から出ると花冠の上へ出る。


びゅーっと強い風が吹いてくる。

その風で花冠の端まであおられてしまったけど、ヴェルシーの手が伸びて掴まえてくれた。


帝都全体が見えた――


そして『蝕界』が来た。


――『蝕界』は予定通り訪れていた。この世界のすべては、予定通りに動いている。


――二人を除いて。


「瑠る璃、見えるかい? 森へ一番近い道で行こう」


ヴェルシーが示したのは、私の故郷――トールへの道。そして、その先に広がる深い森だった。


言われた道は確かに見える。でも、私の視線の先にあるのは帝都だ。

いや、私が見ているのは世界全体だ。そこから無数の光の糸が空へと伸びている。

今まで気づかなかった。こんなにも多くの人々に囲まれていたなんて。

そして、私は――たくさんの魂糸に包まれている。


はっ!


視界に飛び込んでくる光にあてられ、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。


「ヴェルシー、見えるよ。『蝕界』なのに、こんなにも人がいるなんて……」


『蝕界』の最中に、動く者がいるとは思わなかった。しかも、それは単独ではない。

規則的に移動する集団――まるで何かを巡回するように、整然と動いている。


私たちを逃がさないようにしている……? いや、そんなはずはない。


これは、おそらく『蝕界』の間、外敵に対応する組織なのだろう。

しかし、外敵に備える体制は、同時にこの世界の内側にいる者の脱出も難しくする。


私は迷った。この状況では、帝都からの脱出は不可能だと――ヴェルシーに伝えるべきか。


いや、そんなことはもう、ヴェルシーも気づいている。


「諦めようか?」


静かな声で、ヴェルシーが尋ねた。


私を気遣っているの? でも――諦めたくない。

まさか、ここまで執着するとは思わなかった。


星空を見上げる。この無数の魂糸はどこから来ているのかな?

いや、それよりも――どこへ向かっているのかな?


ふと、その流れを追っているうちに、私は“行くべき道”を見つけた。


――断崖絶壁。


それは、ただの一枚岩の一部に過ぎない。

でも、あの上に行くことはできないの? そこには誰もいない。


指を差した。その瞬間、ヴェルシーはすべてを理解した。


「すごいよ、瑠る璃。限界高度を超えて行くんだね……思いつかなかったよ」


ヴェルシーは喜んでいるのか、それとも泣きそうなのか――

よく分からない表情で私を見つめる。


二人は巨大な花の花冠を伝いながら、絶壁まで進んだ。

だが、最後の一歩は――ジャンプしなければならない。


瑠る璃は飛べる気がした。いや、飛べると分かっていた。


――昨日の速足の練習が、私を支えていた。


実際には、速足がなくても飛べたかもしれない。

だが、それがなければ、きっとためらっていただろう。


それは、確かに意味のあることだった。


でも限界高度ってなんだろ?


ヴェルシーが笑った。


「それ以上、何物も存在できない高さってこと」


「えっ……?」


私は驚いた。


「この高さを超えると、植物種は成長できない。

そして、魔法使いも魔法が効かなくなる。

限界を越えた者は、どこかへ消えたとも言われている……。

まさに、魔法使いの鬼門さ。考えに入れてなかったよ」


「でも瑠る璃となら、いけるんじゃないかと思ったんだ」


「行こう、ヴェルシー」


「行こう、瑠る璃」


二人はしっかりと手を握り合いながら、新しい世界へと踏み出した。


私が手を引き進む。これで、あの世界から抜けられるはずだ。


「大丈夫だよね、ヴェルシー。家出、成功かな?」


「うん、大丈夫だよ」


「二人で、新しい世界へ行こう。」


何の抵抗もない風が、一枚岩の上を撫でるように流れていく。

空は満点の夜空なのに……


不安? 進む先――そう、さっきから見えていたもの。


あれはなに?


わからない。近づいてくる? こちらが向かっているのかな?


――あっ! 近づいている。


足を止め、前方から迫る“それ”を凝視した。


途端、全身に鳥肌が立った。


その存在は、闇そのものだった。


私がはっきり見えないものなんてないのに……でも、ここまで傍に来たらわかる。


私たちは飲み込まれる。


紅い瞳をもつ“何か”が、すぐそこまで来ていた。


ヴェルシーを抱きしめることしかできなかった――私は見ていた、飲み込まれるその瞬間まで。

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