家出って簡単かな?
昨日の特訓は深夜まで続いた。
私にはベッドに戻った記憶がなかったけど、
今、シーツをさわさわと撫でる感触で、ベッドにいると分かった。
汗や泥にまみれていたはずだけど……まあ、究極のベッドだし平気かな。
――つまり、これが最後に寝られるベッド。起きたくないよぅ。
ごろごろと寝返りを打ち、ぱたぱたと手足を動かしながら湯船の近くまで転がっていく。
そこで、ようやく目を覚ました。昨日の底なし風呂を思い出し、慎重に確認しながら湯に浸かる。
首まで沈んで目を閉じて考え始めた。
『蝕界』の時間は、二十二時四十四分に始まり、それから二十三分後に終わる。
つまり、凛々エルお姉様のお叱りを聞かずに済むわけだ。
お姉様は「トールの太陽」と呼ばれるほど、何事にも明快な人。
私みたいに「めんどくさい」とか「あとでー」なんて言ったことがないのでは?
と思うほどだ。まさに眩しい太陽。
……もう一度くらい会いたかったけれど、まあいいか。
でも……お姉様なら、なんとなく許してくれる気もする。きっと、ね。
浄化魔法で綺麗になった服を脱ぎ、ベッド脇に置いた。
代わりに「眠り絹の寝衣」を引き寄せ、頭からかぶる。
何度触れても柔らかく、心地よい。
まるで持っているのか分からないほど軽く、着ているのすら忘れそうだった。
もちろん、今からまた寝るわけじゃない。
この寝衣にはヴェルシーの高等魔法がかけられていて、
下着として身に着けていれば色々と便利らしい。
魔法の力に改めて感心しながら、
お風呂から上がると姿見の前に立ち、自分に気合を入れようとした。
……が、びしょ濡れの自分をじっくり見る機会はあまりなかった。
首をかしげたり、背中越しに自分を確認したり。
なんだか新しい自分が見える気がする。そ
うしているうちに、水滴が蒸発し、髪も服も急速に乾いていった。
いつもの自分に戻った。――いや、そうじゃない。私は成長しているはずだ…。
家出に必要なものは少ない。
最低限の荷物を持ち、『蝕界』を利用してこの世界を去る。それだけ。
――簡単?
どこに行くんだろう? ヴェルシーに任せる? 私は何をすればいいの? 考えがぐるぐる回るだけ。
私はただ、待つだけ。言われたことをするだけ。それまで、じっと待とう。




