鏡見てびっくりしちゃったよ
私が、今見ているもの――それは、自分の眼球だった。
自身の左目で、“右目”を見つめていた。
ヴェルシーが優しく摘まんで持っている、それが私の“右目”で、
すでにヴェルシーの右目は外してあって左手で優しく持っていた。
部屋の中に光源はない。それなのに、青い光が部屋中に溢れ、舞い踊っている。
まるで夢幻の世界のような美しさだが、
実際には、この空間に蓄えられる魔法量が限界に達しつつある兆候だった。
魔法が飽和し、このまま密度が高まり続ければ――
『物質界』そのものが崩壊する可能性さえある。
美しくも危険な、破滅の光だった。
そう私の”記憶”にはある。
どうしてこんな事になっちゃったんだっけ?
ヴェルシーが私の力を欲しくて試したんだった。
神の力を宿す、この瞳を――。
って言うか目がこんな簡単に取り換えられるなんて、思っていなかったけど、
これも私に魔法からの抵抗がない為、みたいだった。
ヴェルシーが持っている、私の右目に、何やら魔法を施しているのか、ひどく集中していた。
蒼ざめた頬に汗が伝い落ち、部屋を満たす青い光が、狂ったように舞い踊る。そして――。
空っぽになったヴェルシーの眼窩に、私の右目がゆっくりと飲み込まれていった。
私は、ヴェルシーに何が起こるのか、その変化を凝視していた。
そのあまり、自分の心臓が激しく鼓動していることさえ、気づかなかった。
「瑠る璃、はい」
はい?!
突然、何かが右目に押し込まれる。
もちろん、それはヴェルシーの右目のはずだ。
しかし、その行為は、まるで
「このお菓子、おいしいからあげる」
と言って口にぽいっと放り込まれるような、あっけなさだった。
次の瞬間、部屋を満たしていた青い光は、一瞬にどこかへと掻き消えていった。
週間予測できる『蝕界』は数日に一度は発生するが、ほとんどが数分で終わる。
だからこそ、ヴェルシーが私の瞳を使えるのか試すこともできた。
どうなったんだろう……?
ヴェルシーはベッド横の出窓へ歩み寄ると、外の見えない景色をじっと見つめた。
まるで時間が止まったように身動きひとつせず、ただ外を見つめていたが、
やがて天を仰ぎ、大きくため息をつく。
「僕の目に調節したけど駄目みたい。この瞳だけに力があるわけじゃないみたいだよ」
私は、なんて言葉をかけようか考えながら、そっと隣に座る。
ヴェルシーがこちらを向いた。
お互い左右で色の違う瞳で、見つめ合う。
優しく声をかけようとする私とは対照的に、ヴェルシーの表情には、申し訳なさが滲んでいた。
「――自由を奪われた私、神の瞳まで奪われて、これからどうしたらいいの?」
そう私は妄想の世界に浸ろうとした。
だけど――
「はいはい」
ヴェルシーが軽く言いながら、お互いの右目をほいほいっと取り替えた。
「へっ!」
眼球が交換されたのは、一瞬の出来事だった。
「大丈夫だよ瑠る璃、気を付けるのは最初だけでいいから」
妄想に入り損ねた私は、慌てて立ち上がる。
本当に自分の瞳が戻っているのか確かめるため、鏡へ向かおうとベッドを飛び降りた。
鏡に映る自分の瞳をじっと見つめる。
間違いなく、自分の瞳だ。
だが――急に怖くなった。
視界の端に広がる血液の色。
顔に、首に、服にまで、血が流れている。
ヴェルシーの流した血はわずかだったのに、
まさか自分の方がこんなに血まみれだったとは。
気づかなかったのは、それ以上に交換のことに気を取られていたからだ。
瞳を交換するとき、血管や神経ごと引きちぎったように見えたけど、不思議と痛みはなかった。
「これってさ、魔法で姿を変えるときも、こんなふうに無理やり体を変化させるの?」
鏡越しにヴェルシーへ問いかける。
「自分の体を変えるときは、こんなふうにはならないよ」
「ふーん……」
私は、再び鏡の中の自分を見つめる。
私、大丈夫……だよね??
「お風呂に入れば、血の跡もきれいになるよ」
むー。むー。
ヴェルシーの言葉に、なんとなく不機嫌になりながらも、
血まみれの衣服ごと湯船に入る。
お湯に浸かった瞬間、ぶわっと血が広がった。
血がどんどん流れ落ち、同時に消えていくのを見て、
少し気分が悪くなるかと思ったけど――
いつも通りの心地よさだ。これは神の風呂よね。
私は、ふぅーっと息をつき、仰向けに浮かびながら深呼吸する。
そのままゆっくりと泳ぎ出し、ヴェルシーに問いかけた。
「結局、今日はどうしたの?」
ヴェルシーは、どう話せばいいのか悩んでた。
んー。魔法老や爺様でさえ理解してくれない。
魔法があれば、どんな事でもできるはずなのに――世界が、それを拒んでいるよ!
この世界にいる限り、自分が生きている意味なんてない。
「僕……僕ね」
言葉を探し、ひとつ息を吐く。
「本当の魔法を使いたいんだ……」




