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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第一章:少女二人

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はじめて後宮図書室に行ったけど、とても良いところ

日常生活を思い出しながら、私一人でも朝食を作ることできるはず……


スプーンでゆっくりとスープをすくって、ふーってして口に運ぶ。

うん、ちょうどいい温度。


何気なく机の上を見ていたら、本が置かれていて一冊取って見た。

料理本だ。スープを飲みながら数ページめくる。


よく考えれば、母様も自立を望んでいたと思うし、

誕生日にいつも来る親戚が今年は来なかったのも、やっぱりそういうことなのかな?

すぐには無理かもしれないけど、がんばってみようかな?


……私ひとりで何ができるかな?なにもできないかもしれないけど……


食べ終わって食器を片付けた後、私はぼんやりと部屋を歩き出した。

ここの部屋は窓からの光は直接は入ってこない。

花びら越しの淡い間接光が、床や壁にやわらかな影を落としていた。


はぁん、ため息をつく。


ふらふらと部屋の中を歩きながら、窓のそばへ向かった。

外を眺める。すると――あれ?


今まで気づかなかった細かい部分が、ふと視界に入る。

地上からは見えなかったが、ここからだと細部までよく見える。

この部屋は花の子房部分にあたるため、花冠に視界を遮られがちだが、

それでも断崖絶壁に沿うように何かがあるのがわかった。


そこにあるのは階段だった。


崖を削って作られたようで、遠目にはただの岩肌にしか見えない。

たぶん、この部屋を最初に作るときに必要だったもの……かな?。


……あの階段をたどれば、他の部屋に行けたりして?


そんなはずないよね、ここは牢獄だとヴェルシーが言ってたし、

もし本当に他の部屋とつながっているのだとしたら、

そこには一体どんな人がいるのだろう。


とっても怖い囚人? それとも、ヴェルシーのような魔法使い? 想像が膨らんでいく。


「……まぁ、あんな場所まで行くこと……できないか」


つぶやいて私は視線を窓から外して、また部屋を歩き出した。


絨毯は部屋ごとに異なり、意匠も違う。だけど、どれもフカフカとして気持ちいい。


ここの部屋から、私の内室へは、いつもの扉で戻れる――そう、あの絨毯の先にある。

足音を立てずに、その扉を通り抜けた。


その時思い出していた。お勉強と言えば図書室よね。碧り佳姉さまや深る雪姉さまとの勉強。


宮殿の内室に入ると、そこには誰もいなかった。

あたりまえかな? まだ一度もこの部屋で寝たこともないのだし、

ここが自分の部屋だと思ってもいいのかな?


女官イースさんはどこにいるのだろう?

見つかって困らせるのも嫌だから、静かにテラスから外へ出ることにした。


リングウォレットをかざすと、主な宮殿内の案内が浮かび上がる。

画面に目をやり、「図書室はあっちっと」と呟きながら進み始めた。


タイル張りの通路は足音が響き渡る。その音が大きく感じられる。

人込みで騒音が通常の帝都ではこの宮殿の中ではその静けさが一層際立っている。

どこか荘厳で、どこまでも広がる廊下が、時間をかけてその静けさを保っているようだった。


宮殿内は基本的には日光が差し込むことはなく、魔法光でその明かりを補っていた。

天井は高く、その壮麗さを感じさせるが、窓が設けられているわけではない。

外の断崖絶壁を見れば、もし窓があったとしても、

ほとんど太陽の光が差し込まないとわかるだろう。


そのため、宮殿内は常に淡い魔法光に包まれていて、

昼夜を問わずその独特な雰囲気が漂っていた。


「ここが図書室ね」


宮殿のかなり端に位置しているせいか、

断崖絶壁との隙間から直接じゃないけど日光が差し込んでいる。


その図書室だけに光が差していた。


見た目は民家のようだった。

扉が開いていたので、覗いて見るとたくさんの本が見えたので、

大胆にも入って行ってみた。


図書室と言っても仕切りがほとんどなく、

移動棚にたくさんの本が積み重ねられているだけだ。

日光の差す方にはテーブルと椅子が数セットあり、

どうやら探していた本はここでも読めるようだった。


私は図書室の隅で数分間は本を探しながら歩き回った。

手を本棚に触れ、目の前に積まれた無数の本をちらっと見てみるが、

何を探しているわけでもない。そのとき、一人だけ老婆が静かに近づいてきた。


小柄でエプロンをかけたその人物は、年齢に反してまだ若さを感じさせる声で言った。


「何をおさがしかい?」


私は、特に探している本があるわけではないと答えたが、

老婆はそれを聞いてにっこり笑い、奥から一冊の本を取り出してくれた。


「ありがとうございます。」


私はお礼を言って、適当な椅子に腰掛け、表紙に目を落とす。


その本が、私が探していたもののような気がした。

中身を数ページめくるだけで、興味がわいてきた。

ページをさらっとめくりながら読み進めていくと、

老婆は静かに近くに来て、どうぞという仕草でお茶を出してくれた。


私は軽くお辞儀をし、再び本に目を落とした。

どれくらいの時間が経っただろうか?


この本、借りられるのかな?


そう思い立ち、近くにいた老婆に尋ねる。


しかし、返ってきたのは「貸し出しはできないよ」という答えだった。

少し残念に思いながらも、仕方なく本を返し、お茶を飲み干す。


「お茶、ありがとうございます。すーごく美味しかったです」


いままで飲んだことのない味。

素直な感想を伝えると、老婆は微笑みながら瑠る璃を見つめた。


私は立ち上がった。


「あと、おばあさまのお名前を教えてもらえますか?」


私の問いかけに、老婆は一瞬驚いたように目を丸くした。

けれど、すぐにふわりと優しい笑顔を浮かべる。


そして、静かに名乗った。


「ローズ。後宮書籍室の管理人、ローズよ。よろしくね。」


礼儀正しく礼をした。久しぶりの事なので焦っている


「どうやらあなたにお客さんが来てるわよ」


「えっ?」


余計に焦る、お客さまって……誰?


入り口付近を見るが誰もいない。少し体を捻り見たが、

それらしい人影は見当たらなかった。

あらためて管理人ローズに聞こうと思った瞬間。


「凛々エル様がお呼びです」


「ひゃっ!」私は身体をのけぞらせ、思わず椅子から立ち上がりかけた。


黒猫はすでに私の死角を通り音もなくテーブルに飛び乗った。


私は振り返る途中で動きを止めた。


びっくりしたっ!黒猫? 昨日のターターさんかな?


黒猫は昨日と同じぶっきらぼうな口調で告げる。


「二日後二十三時、昨夜の部屋―以上」


それだけ言うと、黒猫はすばやく飛び降り、タタッと走り去る。

私はその小さな背中を見送りながら、思わず小さく「はい」とつぶやいた。


――ふぅー。

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