私が不老になるのってありかな?
七枚の花冠が朝の陽光を反射し、その柔らかな輝きが私の顔に降り注いだ。
まだ少し寝ぼけていたけど、次第に意識がはっきりしてきた。
することもなく、ベッドの上で心地よいシーツの感触を楽しみながら、
ヴェルシーのことを考えることにした。
昨日は、あのあとたわいもない話をして過ごした。それがとても楽しかった。
こんなに早く親友になれるものなのかな?
それとも、お互いの秘密を共有しているせいなのかな?
考えてみれば、そもそも親友だと思える存在はヴェルシーだけだった。
私は、んーっと気持ちよく伸びをした。
ヴェルシーは幽閉された才媛……。そして、その才媛に支配されている私……。
これってどうなっちゃうんだろ? へへへ
楽しくなってベッドの上でごろごろ転がった。
私が神様の力を持ってるなら、女神様になっちゃうかも……どーしよー?
すぐにはできないけど、ヴェルシーを解放できるかもしれない。
私……、とらわれのみなのにねー。
大きいベッドの全てを転がっていたら、指先がぱちゃとお湯の感触があった。
そこに目をちゃんと覚まそうと転がりながらじゃっぽーんと湯船に潜った。
そう言えば寝る前に”眠り絹の寝衣”という魔法具を渡されたけど、
本当に何も着ている感触がなく、戸惑った。
今となれば、その心地よさが最高で、漂いながら湯の中から水面を見上げる。
色とりどりの小さな花びらが透かす光が、水中でゆらゆらと拡散し、
無限に思えるほどの色彩が目に飛び込んでくる。
ずっとこのままでいたかったけど、息が続かず湯面から顔を出した。
深呼吸をしたら、最高に目が覚めた。
まわりには誰もいないと思っていたら、ヴェルシーは湯船の中で揺らめいているのを見つけた。
湯面の花びらをどかしながら、手探りで居場所を確かめる。
すると、すぐにどこにいるかわかった。
ヴェルシーはいつもローブを着ているので、
引き寄せるのは簡単だった。私のすぐに隣に座らせる。
むにゃむにゃ……まだ寝ている。
「今日はまだ眠そうだね」
「うん。マナを回復させるために、少し長めに睡眠設定したからね」
もちろん、私はその話は無視する。
今日は落ち着いた一日をすごそう。朝ご飯は何にしようかな?
食堂に行って自分で作ることもできなくはない。
でも、あのおいしい飴玉をもらうのもいいし、
魔法で出すこともできるのかな?。どれにしよう?
そんなことを考えているうちに、ヴェルシーが目を覚ましたようだ。
「目も覚めたし、そろそろ出かける時間だ」
「えっ、ヴェルシー出かけるの? 朝ご飯は? それに、今日着る服だって決めてないよ?」
「瑠る璃は一緒に来る必要はないよ。」
「じゃあ、どこに行くの?」
ヴェルシーは鏡を見ないし、お化粧もしない。
でも装飾品はいくつかつけている。それも飾りではなく、守護のためだろう。
ローブも用途に応じて変化する。部屋着のような薄手の生地もあれば、
外出用の厚手のものもあり、意匠すら毎日変わるらしい。
そして今日は、帝国枢機院古代魔法学院の制服だった。
「面倒なところだよ。」
「でも、ヴェルシーがそこまで準備してるってことは、行かなきゃダメなんでしょ?」
「そうなんだけど、爺様たちの話は長い。めっちゃ長い。
特に今日は、さらに長くなりそうな予感がする。」
「爺様たちって、魔法学院の老師様たちのことなんでしょ?
ヴェルシーに魔法を教えてくれる人たちなんじゃないの?」
「もう教わることなんてないけど、結局は大人の社会にどう組み込むかって話でしょ。
僕と瑠る璃は、来年には準成人として認められるわけだから、他人事じゃないよ。」
「漠然としか考えてなかったけど、結局、私も帝国に組み込まれるってこと?」
「あの爺たちは、もう年齢なんて意味を持たないほどの不老性を持つ魔法使いなのに、
生まれてからの時間で物事を測るなんて変じゃない?」
ヴェルシーのことを冷静な性格だと思っていた。
私が「世の中のことには興味がありません」と冷静に構えるのとは違い、
ヴェルシーはよく私を驚かせようとする茶目っ気があったし、
私の知らないことを話すときは、とても楽しそうだった。
今は、イライラしているみたいで、色々と感情を私に見せてくれる。
「これから永遠に監視されて、命令されるなんて、憂うつでしかないでしょ?」
私には、永遠に束縛されることなど空想の話でしかなかったので、なんとなく聞いていた。
ヴェルシーは静かに言った。
「不老なんてそんなに難しいことじゃないんだからね。
人の肉体を改良するのが古代魔法の真骨頂なのよ。
どんな環境でも適応できる――いずれ植物種の森にだって住めるはずだし。
不老なんて、その副産物でしかないんだから。」
その言葉には、まるで当たり前のような冷静さがあった。私は黙って聴いていた。
ヴェルシーは続けた。
「それに、僕たちは時間の進化に関してはかなり先を行っているんだ。
百年なんてすぐに経つよ。」
その言葉が私の頭に残った。百年、それは遠すぎて、私にはピンとこなかった。
どうしてそれが普通に語られるのか、不思議だった。
ヴェルシーは深くため息をつき、目を細めて冷静なままつぶやいた。
「ねぇ、瑠る璃。人だけが死なないし、歳も取らないこの世界って、おかしくない?」
その問いかけに、瑠る璃は一瞬黙り込んだ。
――おかしい、と思わない?
その一言が私の中で回り続ける。
世界の何かが間違っている気がするのに、
どうしてその違和感を消化できないのか、わからなかった。
私はヴェルシーに何も言えなかった。
「時間だしもう行くね」
ヴェルシーがそう言ったのを居なくなってから気づいた。