千年より七日の方がびっくりだよ
――囚われているのかな?それとも、もう自由なのかな?
私にはわからない。けれど、私にできることがあるのなら――。
「私が何をすれば助けられるの? ヴェル君」
ヴェル君は少し考え、じっと私の瞳を見つめた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「君の“眼”が欲しかった――『蝕界』を見通す瞳。
でも、それだけじゃない。その眼なら、必ず『大蝕界』も見えるはずだ。」
そう言いながら、ヴェル君が手を伸ばして来た。
私は、その手を握り返した。
……瞬間、記憶が流れ込む。
――帝国は存在しなかった時代。『精霊魔法国家ユキノキ』にのみ伝わる古代書。
そこに記されていた『蝕界』は、私の知るものとはまるで違っていた。
精霊たちは『精霊界-エレメンタルプレーン』から降りられず、
すべての生物は動きを止め、思考すら停止する。
万象の理を紡ぐはずの植物種でさえ、その流れを断たれ、ただ沈黙する。
まるで、世界そのものが凍りつくように――。
「すごい……」
私は他の言葉が出ない。
そこにヴェル君が続ける。
「でもね、古代神々は『蝕界』を制することはできなくても、
身を守ることはできたと思うよ。――だって、君の瞳が語っているから」
そして、静かに微笑んだ。
「僕は――瑠る璃が、神々の力を受け継いでいると思っているんだよ」
そんな事を信じれる訳ないし、理解できているわけでもなかった。
『大蝕界』がいつ来るのかも、何をもたらすのかも、まだ何一つ分からない。
でも、それはただの空想じゃない――確かに、考えるべき現実だった。
私は、小刻みに震えながら尋ねた。
「……怖いの、なぜだろう私……」
「ごめんね、脅かしちゃって」
ヴェルは慌てて言った。
「ごめん、脅かすつもりじゃなかったんだ。
『蝕界』は長期予測なんてできないし、
『大蝕界』は……百年か、千年か、それ以上かもしれない。
でも僕は待てるよ――百年でも、千年でも。」
……千年!?
そういえば、魔法の達人は老いないこともあるって聞いた。
もしかして……ヴェルシーって、とんでもなく年上だったりする??
そんな私の動揺に気づいたのか、ヴェルシーが笑う。
「知りたい? 僕の年齢。」
えっ!?
いままで聞こうとしなかった。年下だと思っていた……
まさか……思い切って尋ねることにした。
「……うん、教えて」
ヴェルは、どこか楽しげに微笑んで答えた。
「君より七日だけ早く生まれただけ。」
……え?
私は言葉を失った。
百歳も二百歳も年上だったらどうしようかと思っていたのに……。
まさか、年上だと思えばいいのか――それとも、思ったより年下と安心すればいいのか。
結局、どちらの感情を抱けばいいのかわからず、ただヴェル君を見つめるしかなかった。
「どうする?――僕の夢に付き合うかどうか、君が決めていいんだよ」
私は、自分の瞳がどれほどの力を持っているのか知らなかった。
ましてや、それが神の力だと言われても、実感が湧かない。
だから、そのことは深く考えなかった。
今、私が思っているのは……年上のヴェル君を、
このまま「ヴェル君」と呼び続けていいのかということだった。
「……年上の人を君付けで呼び続けるのも変かな?」
「瑠る璃の好きでいいのに、いまさら?
僕は瑠る璃のことをずーっと呼び捨てにしてるよ。お姫様なのにね」
ヴェルは少し笑って、続ける。
「そうだ、瑠る璃も僕のことを呼び捨てで呼んで」
私は、そのほうがしっくりくる気がした。
だから――思い切って、初めて呼んでみた。
「ヴェルシー」
そういえば、この名前を昔から知っていたような気がした。