169話:”それは”いたずらじゃないよ?
この頃、ヴェルシーはいつもに増して寝ている気がする。
でも、それはマナを補充するためだと聞いたことがあるから、このまま寝かせてあげたかった。
半月型ベッドの端に作られたお風呂に、ずっと潜りながら寝るのがヴェルシーには一番心地よさそうだった。
私も、いつもの寝衣のままお風呂に潜っていた。
たまには顔をちゃんと見ようと思って、そばに近づく。
でも丸まっているせいで、よく見えなかった。
私が後ろから抱きかかえると、いつもなら眠たそうに「なにかようなの」と聞いてくれるのに、
今は深く眠っているようで、反応がなかった。
こうなると、彼女の意思を無視して顔を見ることはできない。
それは、彼女がどんな時にも着ているローブが守っているため――
ちゃんと聞いたことはないけど、そう思う。
きっと可愛いと思う足を見ようとしても、
ローブがひらひらとしているのに、折りたたまれていて。
邪魔で、どうしても見せてくれない。
なんだか、今はヴェルシーの顔を見たいと思ったけど――やっぱり、諦めようかな。
……疲れて、はぁん、とお湯の中では出てこない息をつくと、キラッと輝く――ローブからほつれた魔法糸が見えた。
私は、そっと掴もうとした。
けどうまくいかなかった。
お湯の中でゆらゆらしている魔法糸は、まるで意思でもあるようで私から逃げていく。
そうだ!ヴェルシーをぎゅっと捕まえながら、なるべく自分を固定してみた――うまく掴めた。
抱きしめていたヴェルシーをそっと離して、魔法糸を両手で引っ張ってみた。
もしかしたら、どんどん解けていって、以前の私みたいに裸になるかも?
ただ、どんなに引っ張っても、ローブ自体が解けている様子はなかった。
もちろん普段着ている服も、いろんな糸で編まれている。
深る雪姉さまが趣味で作っている小物に使う魔法糸だって見てきたけど――
こんなに細い糸は、見たことがなかった。
解いた糸は、お湯の中で模様を作りながら、ゆっくり沈んでいく。
私が手でそっと仰ぐと、一度沈んだ糸がふわっと浮かび上がってきた。
そしてすぐに、きっと二度とは見れない模様を描きながら、また沈んでいった。
何かしているつもりはなかったけど、
絶え間なく揺らめく魔法糸は、お風呂の底に着くと、そこで溜まりはじめ――
……だと思ったら、魔法糸のまわりだけ、底がなくなっていた。
え? これはどうなっているの?
急に、いたずらをしている気持ちになった。
これって大変だよね?
もう、これだから魔法は訳がわからない……
糸を自分に絡ませながら、くるくると集めていくけど、
この魔法糸は自重で、どんどん“底がない底”へと落ちていく。
もう、どんなにかき集めても無理だと思った、その時――
糸が腕に絡みついていた。
ほんのさっきまでは、ふわふわしていたはずなのに、
気づいたときには、きつく締められていた。
とくに右腕。肘のあたりがじわっと痛くて、
それでも動かそうとしたら、さらに深く食い込んだ。
……あ、だめだ。
糸に絡まった私は、そのまま引っ張られて、落ちていた。
もがいて、泳いだりもしたけど、無駄だった。
ヴェルシー、ごめんね。大切なものを……――
でも、そんなことは、やってから謝るべきだった。
糸に縛られた私は、動くことが何もできなくなっていた。
【後書き】――rururi
ローブの糸って、あんなにキラキラしてたら、
ちょっと触ってみたくなるのよ? で、引っ張ってみたら、ね。
え? 落ちる? 私が? そういう仕組み? 聞いてない。
……まあ、いまさら謝っても遅いけど。
とにかく、地上にいったら褒めてほしい。
【後書き】――writer I
魔法糸という存在は、まさに「意志を持った縁」のようで、
それに触れ、引かれ、そして落ちていく――
自分でも気づかないうちに、世界の深部へ足を踏み入れていた瑠る璃の姿は、
この物語全体のテーマとも響き合っていました。