168話:先生のカラダってどこ行ったの?
トキノ先生の前世の体はどこに?
そもそも亡くなってから”転生”が行われるまであっという間だった。
場合によっては数百年先で”転生”する可能性もあった様だけど、
ヴェルシーと一緒に小心で部屋に帰った時には、
勝手に部屋を作ってトキノ先生は”すでに”住んでいた。
うーん……つまり、私がトキノ先生を殺してしまったそのままで、
図書室で朽ち果てているとか……あるのかな、今も。
「トキノ先生はローズさんだった時の体がどうなったのか?
わからないのですか?」
「興味がなかったよ?」
「え?」
「意識は同じだと言ってもね――
体が変われば性格も変わるし、考えていなかったよ。
……そもそも、振り返る必要もなかったしね」
「はぁ……それじゃあ私と一緒に行きましょうよ。
ルクミィさんもいいでしょ?」
「はい、瑠る璃さまが行くのでしたら――どこへでも付き合いますよ」
私は、なぜか興味がなさそうなトキノ先生の手を取った。
「いいでしょ?」
そのまま立ち上がって腕を引っ張ると、とくに抵抗はしなかった。
むしろ、まるで最初からそれを待っていたかのように、
トキノ先生は軽く身を預けてくれたけど、ずっと何かを考えている。
図書室とは言っても、元から人がいない地域だし、たぶんそのままあると思う。
でも、今考えてみると、”あれは”どんな植物種だったのかな?
神殺し“だけ”の性質ならいいんだけど……
――図書室はこちら側から見たら、普通の家屋にしか見えない。
手前にある窓には日差しが差し込んでいるけど、
その窓に植物種がはびこっていたらどうしようと思っていた。
でも、変わりはなかった。
静かで、忘れられたみたい。
「誰も興味持たないのは普通なんだけどね」
トキノ先生はまたそんなことを言うけど……
そうだよね、私も――たぶんヴェルシーだって、気にしていないと思おう。
「カチャ」
入口の扉が勝手に開いた。
そこから見える範囲では、図書室という場所以外、何もなかった。
どうやら……何もない?
トキノ先生が最初に入った。
ぼそぼそと小声で、何かを言っている。
「あたし……」
ん? なに? トキノ先生。
「あたし、すごいかも。転生で消失した記憶は、ここにあるの。
ここにある本に紛れ込ませて、書いてあるのよ」
あ、そのうち思い出す――そんなこと言ってたけど、
今まで思い出せていなかったんだ。
大切なことの思い出し方も忘れて――
でも、やっと思い出せたんだね。良かったね、トキノ先生。
「あたし、これでまた亜神になれちゃうのかしら?
それは……わかります?」
私への視線が、ふっとそれた。
すぐ後ろで付き添ってくれているルクミィさんを見ている。
「亜神とは、私にとっては“概念”ですが――そうですね。
知識と意思があれば、戻れると思いますよ。
そうまだあなたは、生命の女神リレアスとして“求められています”からね」
やっぱり今でも、こんなに強いし可愛いのに――
それでも、神様になりたいのね。
「“この”復活を求めている人のもとへ行ってみれば、
思い出されるのではありませんか? 心の奥から」
ルクミィさんが笑顔でそんな事を言えば、もうそれは確実だった。だよね。
それからトキノ先生は新しいおもちゃしかない部屋にいる様で。
一冊の本を手に取っては、また次の本へと、せわしなく見て回っていた。
「ルクミィさんは、あらゆる世界を知っているの?」
「私ですか? んー。そうですねー。
薄くて広がるクレープが焼き上がれば、焼き目が付いて、
どんな感じかなーって。そう、わかる感じです」
「それって、すぐお腹いっぱいになっちゃいそう」
「んふっ。私は大食漢ですから、大丈夫ですよ。
それに、“今”は太陽が照らない世界のことはわからないので、
そんなに大きくはないんです」
どんな風に食べるのか想像ができないけど、
デカいクレープに違いないと思った。
でも結局、転生する前のトキノ先生の体は、どこにいったのかな?
もしここに、悲惨な状態のまま残っていなくて、よかったから、
だからもう、どうでもいいのかもしれない……
【後書き】――writer I
168話では、“転生”という仕組みの裏にあった静かな謎――
「前世の体はどうなったのか?」という問いから物語が始まります。
この問いは単なるミステリーではなく、
記憶・時間・存在の意味に触れていくきっかけになります。
トキノ先生は、その問いに対して驚くほどあっさりと
「興味がなかった」と返します。
その冷淡さのような態度の中にあるのは、
新しい存在としての自己と、過去を切り離す強さ。
でも、瑠る璃はそこに「手を取る」ことで、
忘却ではなく“つながり”の方へ物語を導いていきます。