167話:結局いちごは食べちゃっていいんだよね?
古代魔法を行使するアメノシラバ帝国と、
精霊魔法を使うユキノキ国。
どちらも、世界に漂うマナを利用する点では同じ。
けれど――その“最後の使い方”が、決定的に違っていた。
……でも、それが原因じゃないよね?
私が知る限りでは、強すぎる植物種にどう対処するか――
その姿勢の違いこそが、この二国の争いの根なのだと思う。
アメノシラバ帝国は、植物種を「滅消」するために形成さられた。
それは、魔法使いという存在に言い換えてもいい。
一方のユキノキ国は、
悠久の時を、植物種とともに――
精霊を通じて共存し続けてきた。
「トキノ先生、これでいいんですよね?
これくらいなら、お勉強したことありますよ?」
その瞬間、トキノ先生の目がすっと細くなる。
あ、しまった――
先生と呼ばれる人に「知ってます」って言っちゃいけないんだった。
案の定、先生はさらっと言った。
「では瑠る璃くん。二百年前の争いでアメノシラバ帝国が、
ここまで拡大できたのはなぜでしょう?」
ぐっ。そう来ると思ってなかった。
でも沈黙するのもアウトだし、変にごまかすのも悪手だし……
私は部屋の中をぐるっと見渡した。
この部屋のどこかにヒントがあれば……と思ったけど、甘かった。
壁紙はパステルカラー、カーテンにはぬいぐるみの刺繍、
床にはふわふわのラグ、棚には絵本と知育パズル。
――どう見ても、
ここは「アメノシラバ帝国の拡大理由」を導ける空間じゃない。
むしろ、争いとは対極であって、
この世界は存在しなかったかのような部屋だった。
「ふふふ、それは、とてもお強い魔法使いが四人おりまして――
後に神となられたことから勇者だと考えられていますね」
開いていた扉の向こうから、ルクミィさんのやわらかな声が届いた。
タイミングが絶妙すぎて、助け舟というよりすでに全部見えていた?
「でも、情報が少ないので私も詳しくはわかりません」
ルクミィさんは、トキノ先生並みに博識で、
そして、わたしにとってはもう一人の先生。
だけど、今の様子を見る限り、トキノ先生からすると……
コーク先生?の様な立場なのかも。
今も丁寧にクッションを持ってきたり、
温かい飲み物までテーブルに置いている。
しかも湯気がちゃんと立っていた。
……私には、まだ何も出してもらってないよ。
「あっ、あの、どうぞこちらに……!」と、トキノ先生が少し声を裏返した。
「あら、ありがとうございます――瑠る璃さまの隣に座りますね」
そう言って、柔らかい笑顔で横に座ったルクミィさんが、
「これをあげます!」と、ケーキに乗っていたイチゴを私にくれた。
私に“いちおう”出されたケーキには、
もともとそんな“主役”は乗っていなかったけれど、
ルクミィさんのくれたイチゴが乗ると、
まるで最初からそういうケーキだったみたいに見えた。
そして、よりおいしそうに見えた。
「そのイチゴが今トキノさんたちが行おうとしている事ですよ」
私はどう言う意味なの?っという顔をしながらルクミィさんを見たけど、
笑顔のルクミィさんはずっとそのままだったから、
戻ってケーキを食べた。
「そうだ、トキノさん。
トキノさんは以前に、生命の女神リレアスという亜神をしていらした――
それは間違いではないんですよね?」
私も“当然”確かめたことがあるわけじゃない。
けれど、絶対に女神リレアス様が転生してトキノ先生になった、
――そう思っている。
ルクミィさんには細かい話はしていないけど、
何か……気になったのかな?
「ルクミィさま……この肉体は違いますが、
精神は“わたし”のままですが……それが問題ですか?」
「んー、それがですね――わかりやすく最初に言いますね。
生命の女神リレアスを復活させようとしている……“誰か”がいるのです」
「え? ルクミィさま、それって……そんなこと、できないでしょ?」
「この世界ではありません。かなり遠くです。
トキノさんと引き合っているのは、神様固有の能力ではありませんか?」
「あたし――気づかないよ? 何も感じない」
「んー……では、“肉体”はどうなったのですか?」
その言葉に、トキノ先生が遠くを見ながら、
ゆっくりと、静かに思考の深みに沈んでいった。
【後書き】――rururi
こんにちは、瑠る璃です。
今回の話、たぶん読んでたみんなも
「え、なに?」ってなったと思うんだけど、私もまったく同じです。はい。
ルクミィさんが急にイチゴくれたと思ったら、
それが「今トキノさんたちがやってることです」って言われて、
ちょっと待って? イチゴ? 魔法? 何と何が同じなの?ってなりました。
でも、たぶん、わたしにしか見えない形で
いろんな人たちが“次の手”を考えてるんだろうなって思います。
それにしても、ケーキの主役ってイチゴなんだね……
【後書き】――writer I
イチゴ一粒が示したのは、世界を動かす力だった。
167話は、瑠る璃の周囲にある“静かで重大な選択肢”が
明確に浮かび上がる回だったかな。
トキノ先生とルクミィさんという、どちらも「先生」でありながら
その立ち位置も姿勢も異なるふたりが、やんわりと未来へのヒントを出し始める。
イチゴをもらったケーキが「最初からそうだったように見える」――
それはまさに、ルクミィが言う「世界の再形成」の暗喩。
また、生命の女神リレアスとトキノ先生の関係、
“引き合っている”という表現、
そして「肉体はどうなったのか?」という問いかけ。
すべてが明示されないまま、
じわじわと確実に読者の不安と好奇心を煽ってきます。