166話:成人になりました……準っだけど!
若冠の儀の日、いつもの角度から差す日差しがちょっと眩しく感じた。
私はふわりんに乗ったまま参加する事になったけど、
ほとんどの人は徒歩で祭壇に向かいながら、
静かに一人ひとりの節目を大切にしている様だった。
ふわりんは、自動的に所定の場所までゆんわり進むと、
静かに止まって着地した。
この広間にいる限り、挨拶をする者はどこにいても見えるようになっていた。
中央上空には、話者の姿が巨大な幻影として映し出され、
その声も空間全体にやわらかく響く仕組みだ。
最初に現れたのは、式典長デルドフ。
ユキノキ国の長老であり、精霊使いとして広く知られている。
白く長い髪を結い、重厚な礼装に身を包んだデルドフは、
ふわりんの間を静かに歩み、壇上に立った。
だけど、彼自身は多くを語らない。
代わりに彼が召喚した精霊が姿を現す。
筋肉質で堂々とした若い男性の姿を模した精霊だった。
その表情は真摯で、動きは人間と見まがうほど自然だった。
「瑠る璃くん。あの精霊は“ビ”だね。
彼は同時に三体の精霊を使役する事ができるんだけど、その中の一体だね」
隣でひそひそと教えてくれるのは、トキノ先生。
あれ、そういえば──なんで先生、ここにいるんだっけ?
「あ、あたしも一緒に行くからね」って、あの朝に軽く言われただけだった。
見送ってくれるのかと思ってたら、
まさか隣のふわりんの席に乗ってくるとは思ってなかったし、
まさか式典会場でも、こうして隣にピタッとついてくるとは思ってなかった。
……これ、勉強の一環? それとも何か別の理由?
そんなもやもやが浮かんで、
わたしはふわりんの窓から外を眺めていた視線をぐるっと戻して、
トキノ先生をジトッと見つめてみた。
ふわりんの、中でぴょこぴょこしながら、
外を眺めている姿は幼女そのものなんだけど、
喋り出すと突然に本当の先生になるんだよね。
トキノ先生は。ずっとちらりともこっちを見てない。
それどころか、長老デルドフの精霊“ビ”の演説に、やたら真剣な顔をしてた。
「トキノ先生も、もしかして懐かしいの?」
実際にそう思っているはずもないけど、
隣に透明になって不動で――外を見ているヴェルシーが、
なんとも不気味に思えてきたから。
なんでもいいからお話がしたかった。
「大丈夫、"あたしたち"は敵情視察をしているだけ。
こんな近くで見るのも、これが簡単だったのよ」
トキノ先生の声は軽い。
でも、その目は相変わらず鋭く、演説台の方から離れなかった。
「そ、そうなんだ……
それじゃあヴェルシーが隠れているのは……見つかったらダメなのかな?」
「今は、高官の人となると要らない緊張をしているから。
なるべく近寄らないことにしているみたいよ」
先生の言い方は「当然でしょ?」みたいだったけど、
わたしはちょっとだけ引っかかった。
じゃあ代わりに私が──
「だったら私が見ようか?」
別にこのくらい助けたっていいよね?
私たちがいる場所は、”普通の肉眼”でも見えるほど近い。
ふわりんの窓越しじゃ疲れるし、ちょうどいい機会だ。
わたしはそっとドアを開けて、外へ出た。
「おぉぉぉ――」
屋外の会場がどよめいた。
悲鳴も聞こえた気がする。
私は、ほんの数歩近づいた。
会場の雰囲気とは確実に違う場が、そこにはあった。
もしかして私が警戒されているの?
長老デルドフが壇上で静かに佇んでいた。
けれどそれは沈黙ではなく、対話の最中だとと思う。
少しだったけど、精霊になった私にはそう感じたし、
今は精霊ビがアストラルプレーンへとシフトしていくのが見えた。
物理の場から、意志の場へ。
でも完全にではない。だって私にもまだ見えているのだから。
それに、今は他の二体の精霊も姿を現し、
長老デルドフのまわりをゆっくりと囲むように浮かんでいた。
私は声ではまだ遠い場所から、長老デルドフに向かって頭を垂れた。
そして笑顔――私は普段通りの挨拶をしただけなのに、
まわりの人はその都度反応が返ってくる。
左側を見ればそちらから――右側を見れば……と。
いつから私がこんなに有名になったのかしら?
もう精霊三体も見せてもらったし、帰ろうかな……
その時、不意に――長老デルドフの声で、私の名前が呼ばれた。
驚いたけど、体は自然に応えた。
たぶん向こうには聞こえていないだろうけど、
「はい」と、私は静かに返事をした。
「何か言いたいことでもあるかね」
その声は、大きくも厳しくもなく、ただ優しく、
年輪の深さがある声だった。
言うことはなかった。だから、一度首を横に振る。
……でも、気がつけば、縦にうなずいていた。
特別なことを言ったわけじゃない。
まだ国王になるわけでもない。
ただ、ここで挨拶をしておいた方がいい──そう思っただけ。
なのに、周囲が立ち上がり、拍手が起きた。
それが、なんだか不思議だった。
自分が動いたから周りが動いたというより、
すでに仕組まれていた何かが、静かに噛み合った感じだった。
……歯車が、音もなく回り始めたのかな?
【後書き】――rururi
なんだか、ちょっとだけなんですけど――わかったかも!
歯車って思いっきり回したらダメなんですよね?
もっとうまく回せるように頑張らないと、ね。