とんでもない値段の向こう側
私はベッドサイドに座らされて、ようやく正気を取り戻したけど、
その実感が湧く前に、頭の中は昨日からの情報でいっぱいだった。
どうにか整理しようと、ベッドの上でごろごろしたり、ばたばたと手足を動かしてみる。
そうしているうちに、少しずつ思考がまとまり始めた。
「ヴェル君、私、おトイレ行ってくるね」
まずは日常のことから片付ければ、頭も切り替わるかもしれない。
――しかし、その「日常」は、この部屋では通じなかった。
「瑠る璃、あっちに作っておいたよ」
ヴェル君が指さした先には、たしかにアレがあった。
……が、”個室”は、ない。
いやいや、わざわざここでする必要ないよね? 内室に戻ればいいだけだし、急いでないし……
そう思いながら逡巡していると、ヴェル君がじっとこちらを見つめてくる。
まるで、「ほら、使いなよ」と言わんばかりに。
え? まさか……魅了魔法とか、またかけられてないよね?
ただ首をかしげて見つめてくるだけなのに、なぜか引き込まれる。
「……はうん」
私は、観念した。
とぼとぼと歩き、とりあえず腰を下ろす。
ヴェル君のほうをちらりと見たが、さすがにもうこちらには向いていなかった。
……あれ? なるほど。なるほど……
私は、理解した。
今朝はヴェル君が直接魔法をかけてくれたけれど、
今回は魔法で処理してくれる道具を作ってくれたらしい。
……すごく助かる。すごく嬉しい。
これ、碧り佳姉様や深る雪姉様にあげたら、絶対喜ぶわね。
でも、おいくらくらいするのかしら……?
「ヴェル君、待って! 言わなくていいからね」
私は、素早く釘を刺した。
どうせ、聞いたら目が飛び出るような金額に決まってる。
ベッドに戻った私は、ヴェル君に聞きたいことがたくさんある――
そう思い出したが、その前に。
今度こそ、慌てないようにお茶でも用意しよう。
ヴェル君に尋ねると、普通のお茶があるらしい。
記憶の中の食堂には、すぐ飲めるように用意されていたはずだ。
改めてベッドを降り、食堂へ向かった。
ヴェル君は「いらなーい」と言っていたので、私は一人でお茶を用意した。
椅子に座り、一口すする。自分で煎れたにしては香りがいい。
魔法道具じゃない物もあるんだ……。
そう思いつつも、この茶器や道具自体が高価なものだとすぐにわかる。
……ヴェル君の個人資産で、私の国が買えちゃうかも……ふふ
しょうもないことを考えていたほうが、気が楽だった。
……あれ? そういえば女神堂でのお手伝い、すぐ帰っちゃったけど平気かな?
行かなかったわけじゃないし、時間を決められていたわけでもない。
きっと大丈夫。――うん、大丈夫。
私は、そのことを考えるのをやめた。
お茶とお菓子をまとめて食堂からベッドのそばへ運び込んだ。
もう一度ヴェル君にも食べるか聞くと、彼は珍しく頷いた。
一緒に食べるだけで、お菓子の味がいつもより美味しく感じる。
姉さまたちと過ごしたおやつの時間――
別れてまだ丸一日ほどしか経っていないのに、もう懐かしい。
ふと、ヴェル君が口を開いた。
「瑠る璃は帰ることができるよ。束縛するものは何もないからね」
私は思わず笑いかけたが、その言葉の重みがすぐに胸を刺した。
ヴェル君は冗談ではなく、本気の顔をしている。
「……あ、ならヴェル君が私の国へ来てみる?
母様には“たった一日で帰ってくるなんて”って怒られるかもしれないけどね」
軽い調子で提案すると、ヴェル君は静かに首を振った。
「僕はどこにも行けないんだ」
一瞬、躊躇したように見えた。
「え?」
「この部屋と繋がっている場所以外、行くことはできないよ。
それに――僕は常に見張られてるからね。
決められた区域から出れば、即座に拘束兵たちが来る」
ヴェル君は、この扉でどこへでも行けると思ってた……
「瑠る璃が気になっていたことだろう? ここは、魔法使いを幽閉するための特別な場所なんだ。
普通は、こんなに遠く離れた地上には魔法が届かないから」
瑠る璃は言葉を失った。
すごい魔法で、なんでもできる人だと思ってた……
でも、ほとんどここにいるのは、そういうことだったのね
「でも――」
ヴェル君が見つめてる。
「君がいれば、抜け出せるかもしれない。だから――君を捕まえたんだ」