158話:みんな逃げっちゃったのは私が強いから……かなぁ?
気づけば、私たちのまわりから人だかりは消えていた。
……でも、遠巻きに見ている人はまだいて、
「宮殿の中に、こんなに人がいたの?」って思うほどだった。
「ヴェルシー、私、もうわかったと思うから……帰らない?」
「いや。本当に見せたかったのは、これからなんだ――ほら、あいつら」
治安維持の任に当たる者が着る制服は、所属や階級によって微妙に違う。
そして、今こちらに向かってきている彼らの制服――
ローグレードなその仕立ては、どこか品性の低さを表しているように見えた。
人の壁をその体で押しのけて進んできた巨漢には、見覚えがあった。
あの人……ツツンシ、だったよね?
たしか――勇者ロテュくんに出会ったときに、見たような気がする。
そのツツンシが、まっすぐ私たちに向かって歩いてきた。
……でも、取り巻きの者たちは途中で足を止め、
最後までこちらに来たのは――ツツンシ一人だけだった。
「俺の領域で言うことを聞かないお前は、
委員長にひいきされてるからだろう。
――そしてお前……」
ツツンシは、そう言いながら私に視線を向けた。
でも、すぐに目を逸らした。
「特権を使って、若冠の儀に行くなんて……」
なんだろう。
前に会ったときのような勢いとか、
ちょっと俗っぽい感じが消えていて――
少し、イメージが変わった気がした。
彼は一度、空を見上げると、
また私に視線を戻して……けれど、やっぱりすぐ、うつむいた。
そして――大きな声で言った。
「おめでとう」
その声は、なぜか少し震えていた。
自分でも驚いたように、ツツンシは慌てて後ずさり、
そして――来た方へ、走って戻っていってしまった。
「君にはかなわないようだね。
あいつは絶対に難癖つけてくると思ったから、
先に一発かましてやろうと思ったんだけど……必要なかったみたい。
あーあ、せっかく“帝都一番の馬鹿”を見せてあげようと思ったのになー」
「えぇ? でも、いろんな人がいるってことは、ちゃんとわかったわよ?」
「うん……でも、その人たちとの出会いを――
邪魔してしまったのは、僕だからね……」
「でもでも……普通なら絶対会えないような人たちと出会わせてくれたのは、ヴェルシーでしょ。ありがとう」
きっとヴェルシーは照れてるんだろうな、と思ったけど、
深くかぶったローブのせいで、顔までは見えなかった。
「じゃあ、もう帰るの?」
ヴェルシーは何か考えているみたいで、
ローブの中から「ん~」という声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
「君……いま、この帝都に来る時にもらったネックレスをしてないんだよね。
だから……一人にするのは、どうかなって思って」
ああ、そうか。
無防備の私だから、一緒にいてくれてるんだったよね――
でも私を一人にするの?
「今、まわりに誰もいないのは、ほとんど僕のせいだからね。
……ろくな噂がないんだよ、僕には」
一人にさせたいんだね、ヴェルシーは私を――
……なんだか、母さまみたいだね。
「私、強くなってるよ。たぶん」
だけど、ほんとはちょっとだけ、足がすくんでいるかも。
だってそこには――たぶん、知らない顔と知らない言葉が、
これでもかってくらい詰まってるんだから。
でも、それでもいい。
私は走り出した。
服の裾がひるがえった。
ヴェルシーの指先をかすめた気がしたけど――
振り返らなかった。
人だかりに向かって。
――
「ヴェルシー……みんな逃げていっちゃったよぉ~」
「まぁ”そう言う事”もあるよ。急ぎ過ぎたんじゃないかな?」
「そうかな……帰ろうか……」
【後書き】――rururi
あの人だかり、ほんとに何だったんだろうね。
でもヴェルシーが何かしたって顔はしてなかったし、してたかも。
ツツンシくん、ああ見えてちゃんと声出るんだね。
おめでとうって言われるのって、なんか変な気分だったなぁ。
……うん、でも、今日はまあ、悪くなかったかも。
【後書き】――writer I
ヴェルシーがずっと隠してきた“瑠る璃の力”は、
ただ美しさや影響力だけではなく、
本人にすら制御できない“存在の重さ”でした。
そして今、瑠る璃はその魔法を解かれたまま――
人だかりに向かって、自分の足で、走っていきました。
足がすくんでいたかもしれない。
それでも行くと決めた。
“母さまみたいだね”というひと言には、
ヴェルシーへの信頼と、少しの寂しさと、
それでも進もうとする意思がにじんでいます。
この話は、派手な戦いもなく、誰も泣いていないけれど――