ユキラゼパパさん、それって買えるんですね。
「ねぇねぇ、ヴェル君! すごいこと聞いちゃったかも~!」
勢いよく部屋に入ると同時に声をかけたが、返事はなかった。
――あれ? ヴェル君いないかな?――いないかなー?
歩きながら視線を巡らせたが、部屋のどこにも姿はない。
ベッドも確認するが、そこに湯船は作られていない。
どの部屋かしらね?
知っている部屋はたくさんあるが、実際に入ったことのある場所は少ない。
とりあえず図書室に行ってみる? それとも螺旋階段の下の倉庫?
一番奥の真っ黒い扉……記憶が曖昧な分、かえって気になるわね。
目を閉じ、どこへ向かうべきか思案する。そして目を開けると、
とある扉が淡く光っている――気がした。
(あの扉……。――私の直感が教えてくれている。)
瑠る璃は迷わず歩を進めた。
そこは、扉だけが並ぶ円形の部屋。
八つの扉はすべて同じ形をしており、どれがどこへ繋がるのか記憶は曖昧だ。
それでも迷うことなく、ある扉の取っ手を握った。
「鍵が必要です。」
「ひゃっ!――えっ?」
思わず飛びのいた。まさか、扉が喋るなんて――。
「または、鍵穴を覗いてください。」
「えっ、そんなことあるの?」
戸惑いながらも、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、腰をかがめて鍵穴を覗き込んだ。
(んー……何も見えない?)
そう思った瞬間、ぼんやりと部屋の様子が浮かび上がってくる。
二人――誰かがいる。右側に立つ小柄な人影。
(あれは……ヴェル君?――うん、ヴェル君だ。)
――ガチャリ。
鍵が開く音が響いた。
部屋に入ると、すえた匂いと甘い香りが混ざっていた。
高い位置に窓があり、壁には用途不明の道具が並んでいる。
いくつものテーブルのうち、一つの前に二人が立っていた。
初めて見る部屋……誰だろう、あのボサボサ髪の男の人は?
「おや? 誰だい?」
低く、落ち着いた大人の声。
「瑠る璃、彼は死体探し屋のユキラゼだ。」
「ユキラゼ、僕の友達、瑠る璃だよ。」
ヴェル君が簡潔に紹介する。
……いや、簡略すぎない? ていうか、"死体探し屋"ってなに?
「ユキラゼは、無意味な死を研究してる。――人のね。」
「私の話聞いてたの?」
あれ? 私が最初にあの男性を……あれあれ?
どういうことかわからず、私は混乱した。
「申し訳ないが、ヴェル君、これだけ貸してほしい。」
ユキラゼが人差し指を立て、前に突き出した。
ヴェル君は天井を見上げ、ぶつぶつと何かを呟きながら考え込む。
迷いが浮かぶその表情は初めて見た。
「――そーだねー、貸すのは問題ないよ。でも条件があるから言うよ。
絶対に最初に僕のところに来ること。
損傷を最小限にすること。――それなら貸そう、ユキラゼ。」
「おーおー、いいだろう。もちろん、どんな条件でも飲むさ。そうとなったら急がないとね。」
ユキラゼが勢いよく応じると、ヴェル君は拳を突き出す。
ユキラゼも拳を出し、二人のリングが光る。光の粒子が飛び交い、
それがリングウォレットの送金の証だった。
「ありがとう、ヴェル君。――ありがとう。」
ふふっと、不気味な笑いを上げながら、ユキラゼが出て行く。
「――ここって一体なんなのかしら? それにヴェル君の知り合いって、
変わった……じゃなくて、すごい人ばかりね。
髪の毛もじゃもじゃで、早口でしゃべるし……っていうか、
そもそも死体探し屋って何なの?」
「瑠る璃も早口になってるよ。」
ヴェル君がクスリと笑う。
「それと、ユキラゼは僕のパパだよ。」
「……えっ、あっ、パパさんなんだ~……」
あー、なるほどなるほど……
納得したような、できないような。
「ヴェル君も知ってたかもしれないけど、私も女神堂での復活者で聞いたのよ。
まだ若いのに死んだままだって言ってたのよ。
女神様が忘れちゃったのかな?
場所とかは聞いてないけど、ほんとだったらどうしようかと思って。」
「……なるほど。」
「ヴェル君なら何か知ってるかと思って探したんだよ。」
「実は、僕も興味があったんだ。だからユキラゼのところに急いで来たんだ。
彼はこの世界で唯一、"死"を研究してる人だからね。
――僕たちの魂はどこに行くのか?新しい道を探しているみたい」
真剣な顔をしているヴェル君の横顔を見つめた。
「ヴェル君が気になるくらいのことなんだね…!」
「うん。だから百億円貸したよ。ユキラゼならやれるよ。」
「……あ、そうなんだ~……」
考える暇もなく、また思考が止まりかけたそのとき――
ヴェル君が私の手を引き、自然に歩き出した。
私はそのまま、ヴェル君と一緒に自宅の部屋へ戻った。