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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第九章:若冠の儀と壮冠の儀
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155話:帰ってきたけど、もしかして信じてないとか?

私が目を開けたとき――

みんなが、私を囲んで、すごく心配そうな顔をしていた。


だからなぜか、ものすごい笑顔で言ってみた。


「ただいま」


……なのに。


そのあと、ヴェルシーも、トキノ先生も。

ルクミィさんも、エネくんも。


「心配だったよ」

「調子はいかが?」

「無理しちゃだめだよ」

「帰れてよかったね」


――そんな言葉は、一つもなかった。


あれ? 私、精霊界まで行ったよね?

それに――たぶん、精霊にもなった……よね?


この瞬間まで――私は、自信があったのに。


それが、すぅーっと……音もなく揺らいでいった。


……でも、違う。


エネくんに聞いてみればいいだけのこと――

そう、ただ、それだけの話よね?


「ねぇ、エネくん。私たち、さっきまで精霊界にいた……ん?」


ベッドで横になっていた私は、身体を起こしたとき――

目の前のエネくんの姿が、明らかに“違う”ことに気づいた。


さっきまでは、子どもの姿だった。

私はずっと、弟のように思っていたのに――

今そこに立っているのは、まるで兄さまのような容姿をしたエネくんだった。


「ふぇ、大きくなったねエネくん……。

……わたしが小さくなったわけじゃ、ないよね?」


ふと、そんな不安がよぎって、

私はベッドから飛び降りて、部屋をきょろきょろ見回した。

みんなの様子も確認したけれど、どうやらやっぱり――

エネくんが、成長してるだけみたいだった。


その間、エネくんはずっと、何かを考えていたようで……

やがて、ぽつりとつぶやいた。


「うーん……どこから、瑠る璃ねーさんに話せばいいのか……」


考え始めたエネくんは、

気づけば――無意識だったのか、ふわりと空中に浮かびながら、

じっと考え込んでいた。


その様子を見ながら、ヴェルシーとトキノ先生は、

少し離れたところで、こそこそと小声で何かを話している。


ルクミィさんはというと――

何もない空間を、まるで何かが“いる”かのように見つめながら、

静かに、微笑んでいた。


「とりあえず、見てもらえばいいじゃないか。

さっき、僕が――エネくんが開けた穴を安定化させておいたから。

“あれ”がいる場所に、すぐ着くよ」


そう言って、ヴェルシーが私に「こっちこっち」と手振りで呼びかける。


私は「また新しい部屋かな?」と思いながら、とことこと付いて行った。


だけど、向かったのは――今居た部屋を出てすぐの、

中央に螺旋階段のある広間だった。


その中央付近に、リングがひとつ、浮かんでいた。

空中に固定するためなのか、四方からロープがぴんと伸びていて、

それを無理やり吊っているようにも見えた。


近づくと、それは――なんとなく、小さな円形の窓のようにも見える。

でも、その“窓”の先には、何もなかった。


ただ、空間が――距離の感覚も、奥行きの実感もない、

『非物質界 ― アストラルプレーン』特有の“どこでもなくて、全部ある”ような気配に、満ちていた。


私は、また引き込まれるのが嫌で――

思わず、むぅーっと口をとがらせながら、警戒して立ち止まっていた。


すると、ヴェルシーが、面倒くさそうに言った。


「なにしてるの? この場所と“近い”から、平気だよ。

君たちが行った、あの『精霊界 ― エレメンタルプレーン』とは、

もう繋がってないし」


そう言いながら――

ヴェルシーは、リングの中に顔をぴょこんと突っ込んで、

向こう側を覗きこんだかと思うと、

そのまま、ぴょいっと――勢いよくリングの中へ跳び込んでいった。


「……ん〜、私も、行くよ?」


返事はなかった。

だから、そろっと――リングに、頭だけを入れてみた。


……あれ? あれは、精霊?


ごつごつしていて、カクカクしていて……

岩の精霊かな、とも思うけど――


分かる人には分かると思う。

あの精霊、私に……似てるって。


彫刻を、荒いままで“完成”としたような姿。

瞳はない。指も、脚も、関節すら――ない。


動く気配はないけれど、何かを持っているような気配はあった。


……ヴェルシーは、どこに行っちゃったんだろう?


きょろきょろと辺りを見渡していると――


その精霊のほうから、ふいに、小さな声が聞こえた。


よく見ると――

ヴェルシーは、あの精霊の手のひらの上に、ちょこんと立っていた。


「はやくきて〜」


そんなふうに――聞こえた、気がした。


……それは、まあ、いいとして。


なんでヴェルシー、小さくなってるの?

すごくさらっと、そこに収まってるけど。


考えるより先に、私はリングの縁を掴んで、

体をぐいっと引き込むように――勢いをつけて、全身をくぐらせた。


そして、そのまま――


ヴェルシーめがけて、“飛んで”いった。


――そうか、飛びながら気づいた。


小さいんじゃないね。ヴェルシーが小さくなったわけじゃなくて――

精霊が、ものすごく大きいんだ。


そう思った瞬間、

私はちょうどその巨大な手のひらへ、ふわっと着地していた。


足元は石みたいだけど、なんだかあたたかった。

【後書き】――rururi


エネくんが大きくなってたのは、びっくりしたけど、

そのことより、みんなの反応が静かだったのが、ちょっと不思議だったかな。

心配もしてくれたんだろうけど、

たぶんそれより、気にしてることが他にあったのかもね。


……私は、自分がどうなったかまだちゃんと分からないけど、

“ちゃんと帰ってきた”ってことだけは、よかったかな。


この感覚、あとで思い出したいな。


【後書き】――writer I


精霊界から戻ったはずの瑠る璃は、

自分がどう変わったのか、周囲がどう見ているのかを、

誰からも言葉で教えられないまま、そっと確かめていく。


何が起きたのかを、無理に説明しようとせず、

その場にある空気や距離感で、

“なんとなく”伝わる世界のしくみ。

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