155話:帰ってきたけど、もしかして信じてないとか?
私が目を開けたとき――
みんなが、私を囲んで、すごく心配そうな顔をしていた。
だからなぜか、ものすごい笑顔で言ってみた。
「ただいま」
……なのに。
そのあと、ヴェルシーも、トキノ先生も。
ルクミィさんも、エネくんも。
「心配だったよ」
「調子はいかが?」
「無理しちゃだめだよ」
「帰れてよかったね」
――そんな言葉は、一つもなかった。
あれ? 私、精霊界まで行ったよね?
それに――たぶん、精霊にもなった……よね?
この瞬間まで――私は、自信があったのに。
それが、すぅーっと……音もなく揺らいでいった。
……でも、違う。
エネくんに聞いてみればいいだけのこと――
そう、ただ、それだけの話よね?
「ねぇ、エネくん。私たち、さっきまで精霊界にいた……ん?」
ベッドで横になっていた私は、身体を起こしたとき――
目の前のエネくんの姿が、明らかに“違う”ことに気づいた。
さっきまでは、子どもの姿だった。
私はずっと、弟のように思っていたのに――
今そこに立っているのは、まるで兄さまのような容姿をしたエネくんだった。
「ふぇ、大きくなったねエネくん……。
……わたしが小さくなったわけじゃ、ないよね?」
ふと、そんな不安がよぎって、
私はベッドから飛び降りて、部屋をきょろきょろ見回した。
みんなの様子も確認したけれど、どうやらやっぱり――
エネくんが、成長してるだけみたいだった。
その間、エネくんはずっと、何かを考えていたようで……
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「うーん……どこから、瑠る璃ねーさんに話せばいいのか……」
考え始めたエネくんは、
気づけば――無意識だったのか、ふわりと空中に浮かびながら、
じっと考え込んでいた。
その様子を見ながら、ヴェルシーとトキノ先生は、
少し離れたところで、こそこそと小声で何かを話している。
ルクミィさんはというと――
何もない空間を、まるで何かが“いる”かのように見つめながら、
静かに、微笑んでいた。
「とりあえず、見てもらえばいいじゃないか。
さっき、僕が――エネくんが開けた穴を安定化させておいたから。
“あれ”がいる場所に、すぐ着くよ」
そう言って、ヴェルシーが私に「こっちこっち」と手振りで呼びかける。
私は「また新しい部屋かな?」と思いながら、とことこと付いて行った。
だけど、向かったのは――今居た部屋を出てすぐの、
中央に螺旋階段のある広間だった。
その中央付近に、リングがひとつ、浮かんでいた。
空中に固定するためなのか、四方からロープがぴんと伸びていて、
それを無理やり吊っているようにも見えた。
近づくと、それは――なんとなく、小さな円形の窓のようにも見える。
でも、その“窓”の先には、何もなかった。
ただ、空間が――距離の感覚も、奥行きの実感もない、
『非物質界 ― アストラルプレーン』特有の“どこでもなくて、全部ある”ような気配に、満ちていた。
私は、また引き込まれるのが嫌で――
思わず、むぅーっと口をとがらせながら、警戒して立ち止まっていた。
すると、ヴェルシーが、面倒くさそうに言った。
「なにしてるの? この場所と“近い”から、平気だよ。
君たちが行った、あの『精霊界 ― エレメンタルプレーン』とは、
もう繋がってないし」
そう言いながら――
ヴェルシーは、リングの中に顔をぴょこんと突っ込んで、
向こう側を覗きこんだかと思うと、
そのまま、ぴょいっと――勢いよくリングの中へ跳び込んでいった。
「……ん〜、私も、行くよ?」
返事はなかった。
だから、そろっと――リングに、頭だけを入れてみた。
……あれ? あれは、精霊?
ごつごつしていて、カクカクしていて……
岩の精霊かな、とも思うけど――
分かる人には分かると思う。
あの精霊、私に……似てるって。
彫刻を、荒いままで“完成”としたような姿。
瞳はない。指も、脚も、関節すら――ない。
動く気配はないけれど、何かを持っているような気配はあった。
……ヴェルシーは、どこに行っちゃったんだろう?
きょろきょろと辺りを見渡していると――
その精霊のほうから、ふいに、小さな声が聞こえた。
よく見ると――
ヴェルシーは、あの精霊の手のひらの上に、ちょこんと立っていた。
「はやくきて〜」
そんなふうに――聞こえた、気がした。
……それは、まあ、いいとして。
なんでヴェルシー、小さくなってるの?
すごくさらっと、そこに収まってるけど。
考えるより先に、私はリングの縁を掴んで、
体をぐいっと引き込むように――勢いをつけて、全身をくぐらせた。
そして、そのまま――
ヴェルシーめがけて、“飛んで”いった。
――そうか、飛びながら気づいた。
小さいんじゃないね。ヴェルシーが小さくなったわけじゃなくて――
精霊が、ものすごく大きいんだ。
そう思った瞬間、
私はちょうどその巨大な手のひらへ、ふわっと着地していた。
足元は石みたいだけど、なんだかあたたかった。
【後書き】――rururi
エネくんが大きくなってたのは、びっくりしたけど、
そのことより、みんなの反応が静かだったのが、ちょっと不思議だったかな。
心配もしてくれたんだろうけど、
たぶんそれより、気にしてることが他にあったのかもね。
……私は、自分がどうなったかまだちゃんと分からないけど、
“ちゃんと帰ってきた”ってことだけは、よかったかな。
この感覚、あとで思い出したいな。
【後書き】――writer I
精霊界から戻ったはずの瑠る璃は、
自分がどう変わったのか、周囲がどう見ているのかを、
誰からも言葉で教えられないまま、そっと確かめていく。
何が起きたのかを、無理に説明しようとせず、
その場にある空気や距離感で、
“なんとなく”伝わる世界のしくみ。