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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第九章:若冠の儀と壮冠の儀
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153話:精霊が唯一音を出す時――知っているの私だけ?

ほんとに、ここが――セイレイカイ?

そんなこと、あるの……? 周りを見回してみても、

ここが精霊界だなんて信じられなかった。


さっきまで、たしかに部屋にいたのに。

気づいたら、一瞬のうちに、ここに来ちゃってたの……?


「エネくん……。ねえ、エネくんはどうして、ここが精霊界だって思うの?

ここが故郷だから、そう感じるのかな?」


私が今いるこの場所を、“精霊界”だと思えなかった理由――

それは、どう見ても私の故郷にしか見えなかったからだった。


「ここは『精霊界 ― エレメンタルプレーン』の表面なんだけど、

『非物質界 ― アストラルプレーン』の最深部と重なっていて、

その影響で、瑠主ちゃんさまの記憶がこの空間に映しだされているんだよ」


そうだ――思い出した。

平地しかない首都に、唯一ある“山”。


……そう呼んでいただけで、よく考えたら、ただのちょっとした丘だった。


その小さな高みから見下ろす街と、人の流れの景色が、私は好きだった。

――それが、ここなんだね。


今、“空”にいる私は、その丘へ行きたいと思って、

そちらに向かって近づいていった。


「瑠主ちゃんさま。落ちた素魂には触れない方がいいですよ。

その素魂で精霊が作られる……って言った方が、分かりやすいかな。

でも、瑠主ちゃんさまが作った精霊がどうなるか――

それは、誰にも分からないから」


“空”から降る素魂は、さまざまな色の光を放ちながら、

私を避けるようにして落ちていく。

けれど、“地面”に落ちた素魂は、その色をすっと手放して、

ただ静かに、音もなく積もっていくだけだった。


「僕が降りるから見ていてね」


エネくんは、丘のてっぺん――素魂が降り積もる場所へ、

そっと……そーっと降りていった。


そこは見た感じ、ぷにぽにょとした踏み心地のようだった。


エネくんはこちらを振り返ったけど、特に何の変化もなかった。

……そう思ったその時、ぽんっと小さな音が弾けた。


それに続くように、ぽぽんと素魂が反応しはじめ、

エネくんのまわりに、まだ形を持たないたくさんの精霊たちが、

ふわりと漂っていた。


生まれたての精霊たちを見ていると、それぞれ――

“空”へ向かって飛んでいくものもいれば、

“地面”へと静かに潜っていくものもいた。


みんな、どこかへ行ってしまうと、

あたりはまた、あの静寂に包まれた世界へ戻っていった。


「今の、聞いたよね? 精霊が、唯一“音”を出す瞬間だよ」


エネくんは私のところへ戻ってきて、すごく楽しそうに笑った。


「だからね……僕も、ここから“やり直そう”かと思ってるんだ」


え……やり直す?


「これを返したくて」


エネくんは、いつの間にか手のひらに――

黒い物体を、ふわりと浮かせて持っていた。


「もう、半分以上使っちゃったけど……ごめんなさい」


それは、もうエネくんのものだと――私はそう伝えたつもりだった。

……うまく言えたかどうかは、わからないけど。


でも、エネくんは、差し出したその手を――戻そうとはしなかった。


私は――「どうして?」と、エネくんに聞けなかった。

だから……ただ、もっとエネくんと一緒にいたいと思った。


どうにもできない時間は、ただ降ってくる素魂だけが、静かに伝えていた。


「私にはわからないけど……でも、まだ半分も残ってるんでしょ?

その“半分になるまで”じゃ、ダメかな?」


エネくんは、何かを指さしながら、ゆっくり近づいてきた。


……なに?


その黒い物体をよく見てみると――

それは、六角形で先が尖った、クリスタルのようなかたちをしていた。

そして、その中央には、小さな宝石がひとつ、埋め込まれていた。


「僕には、“半分”を示す色しか分からないから……

でも、その“色”って、数百億段階あるみたいなんだ。

だから、それがわかるなら何にどれだけ消費したかは分かるよ。

――僕に“意識”が生まれた場所、『銀の理生物界』ならね。

本来は、そういう使い方をするものだから……それが、いいのかな」


エネくんは、もしかしたら“普通の精霊”に戻りたいのかもしれない。

でも、話を聞いていると――この力を自分のものとは思っていないみたいで、

それで、悩んでるのかなって思った。


私だったらどうだろう?

もし突然、とんでもない力を手に入れたとしたら……私は、どうするんだろう?


考えていると、急に――エネくんの意識が抜けたように、

全身の力がふわっと抜けて、ただ浮かんでいるだけの状態になった。


それだけじゃなくて、私の故郷の風景も、滲んで、少しずつ消えていく。

さっきまで見えていた素魂の光も、もう見えなくなってしまった。


私はエネくんを抱きかかえて、来た道を探そうとしたけど……わからなかった。


「るーちゃん、ここは『蝕界』だから……へいきだよ」


エネくんが、小さな声でそう言ってくれた。


“蝕界”――そう聞いて、この世界がそういう場所なんだと気づいたら、

さっきまで慌てていた心も、なんとか落ち着いてきた。


「そうか……この精霊界にも、『蝕界』は届くんだね。

終わるまで、寝てていいよ――エネくん」


何もないこの世界で、私もゆっくりと呼吸をしながら、

静かに、目を閉じた。

【後書き】――rururi


今日のことは、なんか……“夢だった”って言っても、きっと誰も驚かない感じ。


よく分かんないけど、「返す」って言われたとき、

なんか、さみしかったんだよね。

でも、きっとそれも、ちゃんと向き合うってことなんだと思う。


だから今日は、なにも決めずに、呼吸して、目を閉じてみました。


精霊界って、もしかしてそういう場所なのかも。


【後書き】――writer I


153話は、まるで深い夢の中をそのまま歩いているような、

現実と記憶と幻想が静かに重なり合う回かな。


物語の中心にあったのは、「ここが精霊界だと信じられない感覚」と、

「でも確かにそこにある現象」――つまり、“理解の境界”です。


エネくんの存在は、ただの仲間や弟というだけではなくなり、

「この世界の理そのもの」と向き合う扉になっていく。

そして瑠る璃は、問いかけることもせずに、

ただ静かに“そばにいたい”という気持ちを選びました。


答えを探さない会話。

力の意味を押しつけない優しさ。

何もない風景の中で、ただ呼吸するという選択――

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