152話:綺麗な精霊界に行く方法はわからない
四姉妹の花塔に帰ってくると、
何はともあれ――ベッドにぽわんっと倒れ込んだ。
いつもの深呼吸をひとつすると、それだけで元気が戻ったみたいで、
すぐに立ち上がって、みんなに会うために螺旋階段を、ととっと降りていった。
ここは、ちょうど中央に螺旋階段があるから、
どの部屋に行こうかなって考えたけど、最初に目についたから、
とりあえず――トキノ先生の部屋に行ってみた。
いつの間にか、扉は両開きになっていて、
私が近づいただけで、ひとりでにすうっと開いた。
「トキノ先生?」
ベッドサイドに座ったまま、うなだれている先生――どうしたんだろう?
「先生……先生……」
何度か呼びかけても、まったく反応がなかった。
心配になって目の前でしゃがみこみ、膝を軽く叩いてみると、
――ようやく、ほんのわずかに反応が返ってきた。
「今、難しい事を考えているから……」
たぶん――忙しいんだと思う。
「はい」って小さく言って、私は部屋を出てきた。
あれ? 朝は、普段と変わらないトキノ先生だったはずなんだけど……
何かあったのかな?隣にいるルクミィさんに聞こうと部屋に向かった。
扉が、魔法王ジの世界で住んでいたときの家と同じになっていて、
懐かしいような、少しだけ変な感じがした。
「ルクミィさんは、いるよね?」
ピンク色で楕円形のその扉を開けると――
ルクミィさんは、部屋の中で立っていた。……何もしないで、ただ立っている。
「何してるのかな? ルクミィさん」
「はい、おかえりなさいませ、瑠る璃さま。
私は消費を抑えるために、必要のない時はいつもこうしています」
「そ、そうだったんだ……。えっと、そこのベッドで寝ないの?」
「もちろん、ベッドで眠るときもありますけど、
こちらの方が素早く動けますから」
そう言って、にこにこ笑顔で答えるルクミィさん。
でも――体はまったく動いていなくて、ちょっと怖いかも……。
……いや、それは置いといて。
トキノ先生のことを、聞こうと思ってたんだった。
「トキノさんとお話をしてたのですが、
そのぉ……詳しいことは話せません、と言ったんですけど、
どんどん怪しまれてしまって。
それで私は、トキノさんとは違う種族だと話したんです。
すると何か分かったようで――それから、あのままなんですぅ」
「ふ~ん、そうなのね……
それじゃ、エネくんの事も話したの?」
「エネくんはですね、自分で紹介なさっていましたよ。
“アンチマ精霊のエネリードです”って。
いろんな情報を集めていて、急激に成長してますよね、エネくんは」
その話を聞いて、エネくんにすぐ会いたくなった私は、
ルクミィさんに「できれば顔以外も動かしてほしいな」とお願いしてから、
そのまま、すぐ隣にあるエネくんの部屋へ向かった。
「エーネくん、ただいま。調子はどう……かな?」
扉を開けてみると、胡坐を組んだまま、少しだけ浮いているエネくんがいた。
今日は、ここで何かあったのかな?
私が思っていた“仲間同士の団らん”とは、
なんだかちょっと違う空気が流れている気がした。
「あ、あのね、お話しようと思って来たの……」
目を閉じて何かに集中していたエネくんは私が近づいて行くと、ゆっくり目を開いてこちらを向いた。
「瑠主ちゃんさまは、僕の何?」
初めて会ったときと比べたら、ずいぶんしっかりした話し方だった。
だけど――“瑠主ちゃんさま”って、たぶん私のこと、だよね?
それにしても、「僕の何?」って聞かれても……
どう答えたらいいんだろう?
考えてみたけど、ぴったりの言葉なんて出てくるはずもなくて、
それならと私は、正直に、素直に言ってみた。
「君とは仲間で……弟のように思える子、かな」
「……うん、わかり申した」
ん? んん? なんだか、このままじゃいけない気がした。
私は、エネくんに――ちゃんと、私たちのことを知ってもらいたいって思って、
改めて気合を入れた。
……だけど、そう思ってエネくんの方をじっくり見てみると、
彼が浮いているすぐ下の床に、小さな穴が空いていた。
床が……? いや、あれは――空間の歪み、だと思う。
だけど何もない空間じゃなくて、その奥で何かが動いていた。
まるで私の目が吸い込まれていくみたいに、ぐるぐると引っ張られていく感覚。
「瑠主ちゃんさま、そこは『精霊界 ― エレメンタル・プレーン』ですよ。
僕の生まれた所……でしょ?」
これが――精霊の生まれる世界……。
あれは……七色に滲み合って、とても綺麗な……花びら?
いや、雪だったかな?それにも、ちょっと似ていた気がする。
「瑠主ちゃんさま、あぶないですよ?」
ん? エネくん、何を言ってるのかな?
こんな小さな穴に、落ちるわけ――ない、よね?
でも……この綺麗な世界から、目が離せなかった。
遠くの景色をじっと見ていると、
その場所に実際に“行った”ような感覚になる――
だんだん、はっきり見えてくる。……あれは、魂、だよね?
ちゃんと見たことはないけど、よく似てる。
なんでだろう……呼ばれてるのかな? もしかして――精霊?
「ほら、あぶないって言ったのに。もう来ちゃったよ。精霊界だよ、ここ」
そ、そんなことある訳……あるんだ……
【後書き】――rururi
うーん、落ちた? 落ちてない? 入った? 入ってない?
……でももう精霊界にいるってエネくんが言うなら、
たぶん、いるんだよね?
今日はね、なんていうか、みんなちょっと変だった気がする。
トキノ先生も、ルクミィさんも、そしてエネくんも。
でも、きっとわたしが変わってきたから――そう見えただけかも?
エネくんが「僕の何?」って聞いてきたときは、さすがにびっくりしたけど、
でも、それにちゃんと答えられたのは、
ちょっとだけ自分でもえらいなって思った!
この先どうなるか全然わからないけど、
せっかくだから、精霊界もちょっと探検してみたいかも。ね?
【後書き】――writer I
トキノ先生の沈黙、ルクミィさんのまばたきもしない笑顔、
エネくんの問いかけ。
どれも瑠る璃にとって「知っていたはずの存在」が、
ちょっとだけ違う輪郭を見せてくる場面ばかりです。
それも、驚きつつもまっすぐ受け止めようとしています。
それが、彼女の“成長”というよりも、“らしさ”なんだと思います。
そして、物語はとうとう精霊界――この世界のさらに奥へ。
仲間だと思っていた存在の“生まれた場所”に、
瑠る璃は自然に踏み入れていきます。
「それが何かもわからないけど、目が離せなかった」
この言葉のままに、読者もふっと世界の奥に連れていかれるような、
不思議な回だといいのですが。