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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第九章:若冠の儀と壮冠の儀
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150話:完璧に見えなくなると――独りなんだよね

ヴェルシーに近づいていった議員が、突然、ふっと姿を消した。

他の議員たちは、その瞬間を目撃していたようで、一斉に驚きの気配を見せた。


――でも、あれをやったのは私だ。

まるっきり誰の目にも映っていない私は、

まるで“魔法”みたいなことをしてみせたわけだけど、

たぶん周囲の人たちは、それも全部ヴェルシーの仕業だと思ってる。


それにしても――ここは、最高峰の魔法使いたちが集まる場所なのに。

そんな場所で、誰にも気づかれずにあんなことができたなんて……

ちょっとすごくない?


クラシェフィトゥが、鞭のようなしなやかな動きで跳ね上がると、

まだ手の届かないほど遠くまで飛んでいった。


結界に入った”全ては”まるで紙のように――

魔法の防壁すら存在しなかったかのように、切り刻んでしまった。


そのあと――ヴェルシーが仕上げをすれば、

魔法使いたちすら驚くような「魔法」が、そこに出来上がった。


議場の魔法使いたちは、皆それぞれ違う考えを巡らせながら、

時が止まったかのように静まり返っていた。


「どうやったのか?」「消したのはお前か?」

――そんな野次を飛ばす者は、一人もいなかった。


騒ぎにはならなかったけれど、

小声で魔法を詠唱する声が、議場のあちこちから聞こえてきた。


「ヴェルシー君、魔法の感知も精霊の反応もないね――

つまり、まったく新しい魔法でも使ったのかな?」


はっはっは、と大声で笑った議員がいた。

「この間、君はいなかっただろうけど、新神魔法の話題が出てね。

もし君がすでに習得していたなら、それはたいしたものだと思うよ」


「僕は古代魔法一筋ですよ、ジュグド教授」

ヴェルシーは、いかにも子供らしい口調でそう返した。


私が見られているわけじゃないけれど、

今は視線のすべてがヴェルシーに向いていて、

その足元にいる私にも、なんだか緊張が伝わってきて――

ちょっと、どきどきした。


「はは、そうか。君の魔法はとても澄んでいるからな。うらやましいよ」

そう言って、ジュグド教授と呼ばれた魔法使いがこちらへ歩み寄ってきた。


また、やればいいのかな――?

私がヴェルシーの張った結界をじっと見ていると、

そのとき、ヴェルシーがほとんど音も立てずに、椅子からふわりと跳び、

私とジュグド教授のあいだに静かに着地した。


「わざわざ僕のために末席まで来てくださって、恐縮です」


――私を隠すための演技かも? そう思ったけど、

いきなり態度を変えたヴェルシーに警戒したのか、

ジュグド教授はそれ以上近づいてこなかった。


そのまま二人は、魔法語で何かを話し始めた。

私は様子を伺っていたけれど、やがて他の魔法使いたちも寄ってきて、

その会話に加わった。


椅子で小さくなっている私は、何もできないから、

ちゃんと隠れていられてるのか不安で、息もできるだけゆっくりしていた。


話が終わったようで、ヴェルシーが“独り言”を言った。


「同じことをさせるなんて、精霊使いさんからはお金をもらいますよ?」


きっと冗談なんだろうけど、誰も笑っていなかった。

もちろん私も――言われたこと、すればいいんだよね?


今、目の前で実体化しようとしている精霊――もう、切っちゃうよ?


うん、切ったよ……


髪を撫でるようにして操るクラシェフィトゥは、

独特すぎてまったく慣れなかった。

まるで腕が剣になったみたいで、重さなんて全然感じない。


――そうか、だから普通は、手のひらや手首に付けるんだ……


「同じようにはできなかったですね……

でも、僕がやったってことは、わかってもらえましたよね?」


私のクラシェフィトゥは非物質界にも影響して、

近くにいた精霊まで切ってしまった様で、三人の精霊使いが気絶していた。


でも、そんなことはどうでもいいみたいに、

議場では“この魔法道具”の競りが始まっていた。


「二十億」「三十億」――そんな数字が、

どうやらクラシェフィトゥに付けられているらしい。


私が買ったときは六千万円だったと思うけど……

いくら積まれても、売りませんよ?


「さすがは、魔法道具マジックアイテムマイスターですね。

デモンズリングも、最近は精度が上がったとか――

あれもこれも、全部うちで買わせてもらいますんで。よろしくお願いしますよ」


それは、どこまでも軽くて、馴れ馴れしい口調だったけど、

声をかけられたヴェルシーは、特に何も言わなかった。


その視線には感情があるようでいて、何も伝えていないようにも見えた。


だけど、そんな議場で行われていた魔法使いたちの競りは、

議長のたった一声であっさりと終わった。


魔法道具に目がない好事家たちは、

さっきとはまるで別人みたいな顔で沈黙して、

一人ひとり、来たときと同じように静かに、

考え込むような足取りで議場を去っていった。

【後書き】――rururi


見つかったらどうしよう?

どきどきしながらクラシェフィトゥの扱い方を熟練したいと考えていました。


私のちょっとした動きが、クラシェフィトゥに伝わって、

数万回と暴れる所が、私の”仲間”として困りどころですけどね。


今回は魔法使いたちの議場に来たけど、

この大きな椅子に見合った空間には沢山の魔法が乱れていて、

古代神が座りに今でも来そうだった。いつか見たいかも。


ではまたね。


【後書き】――writer I


派手な戦いでも、劇的な展開でもなくて――その様な話です。


一人称の「私」は、何も語らないようで、

実は誰よりも多くのことを見ています。


ヴェルシーは何かを教えるでも導くでもなく、ただ“そこにいる”存在で、

彼のとなりで魔法の現場に立ち会えたように感じられたら嬉しいです。


そして「クラシェフィトゥ」という存在が象徴するのは、何でしょう?

“他人には上手く扱えない、狂気”かもしれません。

でもその狂気も”この世界”では普通なのかもしれません。

瑠る璃にとっては特に……


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