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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第九章:若冠の儀と壮冠の儀
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149話:神様の椅子から見る景色って……

どうやら、ここは議場らしい。

私の国のとよく似ていたけど、どこか空気が違う気がした。


ヴェルシーが「ここで待つ」と言うので、

この大きな椅子に、ふたり並んで座って待つことになった。


彼女が椅子に対して横向きに座わるので私も横向きで座った、

それでも広すぎるくらい広かった。


これ、いったいどれだけ大きな人用なんだろう……なんて思っていたら、

いつの間にか、ぽつん、ぽつんと人が座り始めていた。


でも、椅子にぴったり合うような大柄な人なんて、ひとりもいなかった。

「古代神でも座れるように作ってあるんだって」

ヴェルシーが小声で教えてくれた。


――昔の神様って、そんなに大きかったのかな。

そんな取るに足らない思考に囚われているうちに、

議場には、数十人の魔法使いたちが静かに集まりつつあった。


「これより議会を始める」といった形式的な宣言はなかった。

すでに議題には入っており、魔法使いたちは次々に意見を述べている。


――だけど、その内容を理解できない私にできるのは、

ただ静かに見守ることだけだった。


そのとき、ヴェルシーが低くつぶやいた。

おそらく私に向けての言葉だったのだろう。


今、彼らが語っているのは――要するに、

いかにして皇帝イムナディウスに巧みに媚びるか、

その手腕を競い合っているだけだと。


ヴェルシーには関係のない話だと思った。

私たちは場内のいちばん外側にいるし、

スポットが当たることもなさそうだった。


でも――私は、どうしてヴェルシーと一緒にここにいるんだっけ?

私が勝手について行きたいって言ったのは確かだけど、

きっとここは、部外者が入ってはいけない場所に違いない。


「瑠る璃。この僕が作り出している、君の目にしか見えないくらいの“点”、

見えるよね?」


そう言って、ヴェルシーの指先から何かがふわりと飛んでいった。


……その“点”たちは、まるで見えない糸で織られた結界の縁を描くように、

空中に静かに漂っていた。


「色々あるんだけど、簡単に言うね。

この“点”から入って来るものは、なんでも排除したいんだ」


え……ここって……

そうか、さっきも誰かは知らないけど襲ってきてたっけ……


「君がちょうど『付いて行く』って言ったから助かるよ」


ヴェルシーの顔を見ながら、私は――

それ、そういう意味で言ったつもりじゃなかったんだけどな、と思った。

でも、ヴェルシーの役に立つなら、それでいいや。


「ユキノキ国の議員を排除するのは任せておけばいいけれど、

密偵を探すのが僕の役目なんだ――面倒だよね」


アメノシラバ帝国とユキノキ国は、植物種の扱いをめぐってずっと揉めている。

このまま、大きな戦いに発展するんだろうか……


でも――今まさに世界が動き始めたこの場で、

私たちも、どう動くのかを決めないといけないんだね。


そういえば、どっちが優勢なんだろう?

アメノシラバ帝国とユキノキ国のあいだでルールを決めて行う戦いは、

いつも荒野でやってるけど……

今回って、そんな取り決めなんてないよね? たぶん。


そのとき、ヴェルシーが返した答えは「さぁ?」だった。


……うん、それは、なんとなくわかるかも。

モザイク国家って呼ばれるくらいだし、国同士をはっきり分けるのは難しい。

そもそも、人の中にだってモザイクはあるのだし、どうすればいいんだろう?


闘いが広がったら、帝都にこれだけ近い母国――

トール国は必ずすぐ巻き込まれるだろうな。

父さまは、どう動くのかな……


「そのまま座っていて」

ヴェルシーはそう私につぶやくとだるそうに座っていたこの大きな椅子の”上に”立ち上がった。


「この議場に子供はいりませんな」


それは、ぴりぴりと緊張に満ちたこの場に、

まるで場違いな存在に見えるヴェルシーへの、あからさまな煽りだった。

言ったのは、ユキノキ国の議員だった。


「議場に来る途中、僕を襲ってきた相手のローブの裏地が、

ちょうどあなたのと同じ色に見えたもので。

もう少しよく見たくて、つい立ち上がってしまいました。

――申し訳ありません」


ヴェルシーの言葉に謝罪の色はなく、

その議員に対してもまったく頭を下げる気配はなかった。


わざとやってるよね、これ……なんで?

議員のお爺さまが、こっちに近づいてくる――いいの、ほんとに?


私は椅子に立つヴェルシーを見上げた。

でも、彼はまっすぐ前を見たままで、私のほうには視線をくれなかった。

……さっき、ヴェルシーが飛ばした“点”、あの人、越えちゃうよ?


もう――いいかな。

言われたこと、試してみようかな。

【後書き】――rururi


ヴェルシーが言うには、昔の神様が座ってたからなんだって。ほんとかな?

あんなに大きな椅子に座って、何を考えてたんだろう。空とか? 人とか?


なんか、すごい人たちがすごいこと話してて、

私はその中にぽつんといて、でも見てるだけで精一杯だったけど、

ちょっとだけ――自分で動いてみてもいいかなって思った。


たぶん、よくわかってないけど、それでも今、ここにいるのは本当だから。


【後書き】――writer I


149話では、舞台が「議場」という抽象的かつ緊張した場に移り、

彼女自身の理解や立場が曖昧なまま、

それでも世界のほうが勝手に進んでいく様子が描かれました。


ヴェルシーのような人物が何を見て、何を狙っているのか。

国々の関係性がどう崩れ、どう繋がっていくのか。

それに対して、**"理解できないままそこに居る"**という

瑠る璃の存在は、逆に強く印象を残します。


終盤では、彼女が自分で「試してみようかな」と言います。

それはほんの小さな行動。

でも、物語にとってはとても大きな「はじめの一歩」です。


この話は、主人公が何かを目指して突き進む話ではありません。

けれど、目標を持たないままそこにいること、

そして居続けることの意味を、ゆっくりと描いています。

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