149話:神様の椅子から見る景色って……
どうやら、ここは議場らしい。
私の国のとよく似ていたけど、どこか空気が違う気がした。
ヴェルシーが「ここで待つ」と言うので、
この大きな椅子に、ふたり並んで座って待つことになった。
彼女が椅子に対して横向きに座わるので私も横向きで座った、
それでも広すぎるくらい広かった。
これ、いったいどれだけ大きな人用なんだろう……なんて思っていたら、
いつの間にか、ぽつん、ぽつんと人が座り始めていた。
でも、椅子にぴったり合うような大柄な人なんて、ひとりもいなかった。
「古代神でも座れるように作ってあるんだって」
ヴェルシーが小声で教えてくれた。
――昔の神様って、そんなに大きかったのかな。
そんな取るに足らない思考に囚われているうちに、
議場には、数十人の魔法使いたちが静かに集まりつつあった。
「これより議会を始める」といった形式的な宣言はなかった。
すでに議題には入っており、魔法使いたちは次々に意見を述べている。
――だけど、その内容を理解できない私にできるのは、
ただ静かに見守ることだけだった。
そのとき、ヴェルシーが低くつぶやいた。
おそらく私に向けての言葉だったのだろう。
今、彼らが語っているのは――要するに、
いかにして皇帝イムナディウスに巧みに媚びるか、
その手腕を競い合っているだけだと。
ヴェルシーには関係のない話だと思った。
私たちは場内のいちばん外側にいるし、
スポットが当たることもなさそうだった。
でも――私は、どうしてヴェルシーと一緒にここにいるんだっけ?
私が勝手について行きたいって言ったのは確かだけど、
きっとここは、部外者が入ってはいけない場所に違いない。
「瑠る璃。この僕が作り出している、君の目にしか見えないくらいの“点”、
見えるよね?」
そう言って、ヴェルシーの指先から何かがふわりと飛んでいった。
……その“点”たちは、まるで見えない糸で織られた結界の縁を描くように、
空中に静かに漂っていた。
「色々あるんだけど、簡単に言うね。
この“点”から入って来るものは、なんでも排除したいんだ」
え……ここって……
そうか、さっきも誰かは知らないけど襲ってきてたっけ……
「君がちょうど『付いて行く』って言ったから助かるよ」
ヴェルシーの顔を見ながら、私は――
それ、そういう意味で言ったつもりじゃなかったんだけどな、と思った。
でも、ヴェルシーの役に立つなら、それでいいや。
「ユキノキ国の議員を排除するのは任せておけばいいけれど、
密偵を探すのが僕の役目なんだ――面倒だよね」
アメノシラバ帝国とユキノキ国は、植物種の扱いをめぐってずっと揉めている。
このまま、大きな戦いに発展するんだろうか……
でも――今まさに世界が動き始めたこの場で、
私たちも、どう動くのかを決めないといけないんだね。
そういえば、どっちが優勢なんだろう?
アメノシラバ帝国とユキノキ国のあいだでルールを決めて行う戦いは、
いつも荒野でやってるけど……
今回って、そんな取り決めなんてないよね? たぶん。
そのとき、ヴェルシーが返した答えは「さぁ?」だった。
……うん、それは、なんとなくわかるかも。
モザイク国家って呼ばれるくらいだし、国同士をはっきり分けるのは難しい。
そもそも、人の中にだってモザイクはあるのだし、どうすればいいんだろう?
闘いが広がったら、帝都にこれだけ近い母国――
トール国は必ずすぐ巻き込まれるだろうな。
父さまは、どう動くのかな……
「そのまま座っていて」
ヴェルシーはそう私につぶやくとだるそうに座っていたこの大きな椅子の”上に”立ち上がった。
「この議場に子供はいりませんな」
それは、ぴりぴりと緊張に満ちたこの場に、
まるで場違いな存在に見えるヴェルシーへの、あからさまな煽りだった。
言ったのは、ユキノキ国の議員だった。
「議場に来る途中、僕を襲ってきた相手のローブの裏地が、
ちょうどあなたのと同じ色に見えたもので。
もう少しよく見たくて、つい立ち上がってしまいました。
――申し訳ありません」
ヴェルシーの言葉に謝罪の色はなく、
その議員に対してもまったく頭を下げる気配はなかった。
わざとやってるよね、これ……なんで?
議員のお爺さまが、こっちに近づいてくる――いいの、ほんとに?
私は椅子に立つヴェルシーを見上げた。
でも、彼はまっすぐ前を見たままで、私のほうには視線をくれなかった。
……さっき、ヴェルシーが飛ばした“点”、あの人、越えちゃうよ?
もう――いいかな。
言われたこと、試してみようかな。
【後書き】――rururi
ヴェルシーが言うには、昔の神様が座ってたからなんだって。ほんとかな?
あんなに大きな椅子に座って、何を考えてたんだろう。空とか? 人とか?
なんか、すごい人たちがすごいこと話してて、
私はその中にぽつんといて、でも見てるだけで精一杯だったけど、
ちょっとだけ――自分で動いてみてもいいかなって思った。
たぶん、よくわかってないけど、それでも今、ここにいるのは本当だから。
【後書き】――writer I
149話では、舞台が「議場」という抽象的かつ緊張した場に移り、
彼女自身の理解や立場が曖昧なまま、
それでも世界のほうが勝手に進んでいく様子が描かれました。
ヴェルシーのような人物が何を見て、何を狙っているのか。
国々の関係性がどう崩れ、どう繋がっていくのか。
それに対して、**"理解できないままそこに居る"**という
瑠る璃の存在は、逆に強く印象を残します。
終盤では、彼女が自分で「試してみようかな」と言います。
それはほんの小さな行動。
でも、物語にとってはとても大きな「はじめの一歩」です。
この話は、主人公が何かを目指して突き進む話ではありません。
けれど、目標を持たないままそこにいること、
そして居続けることの意味を、ゆっくりと描いています。