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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第九章:若冠の儀と壮冠の儀
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146話:私だけに教えてくれるの?

第九章 あらすじ

『若冠の儀と壮冠の儀』


長ければ200歳近くまで生きるこの世界で、

「若冠の儀」は15歳で迎える準成人式。


本来はまだ先のはずだったその儀式を、

瑠る璃は社会の混乱の中で“1年早く”受けることになった。


それは名誉であり、責任であり、

何よりも――彼女の人生に刻まれる、大きな分岐点だった。


政治と王族のバランスが揺らぐ中、

“王家の娘”として、そして“自分の意思”として、

瑠る璃はその意味を見つめ直していく。


一方で、「壮冠の儀」という本格的な成人式の存在も浮かび上がる。

30歳で迎えるその儀式との違い、兄たちが歩んできた道との比較、

そして“早すぎる若冠”に込められた期待と不安。


瑠る璃は思う。

自分はまだ子どもなのか、それとも――

もう、大人にならなきゃいけないのか。


ひと足早い儀式の先に、

彼女が見つける“自分だけの成長”とは?

トール国でも、ずっと昔――独自の成人式があったらしい。


でもその頃のことをちゃんと覚えているのは、

おばばさまたちの中でも、“大おばばさま”と呼ばれているひとりだけ。


宮殿にはもう住んでいなくて、離れに移って久しく、

久しぶりに、会いに行くことになった。


その前に、何十人もいる“おばばさまたち”に囲まれて、

なんとなく流れで簡易的なお祝いをされてしまった。


お茶とお菓子と、昔話のシャワー。


逃げるように席を立って、案内されたのが、


離れの塔で宮殿の端にある静かな場所だった。


壁には古いタペストリーがかかり、空気は少し冷たいけれど澄んでいた。

扉を開けると、窓辺の深い椅子に、織神大おばばさまが静かに座っていた。


白銀の髪が、光を受けてかすかに揺れていた。

目を閉じていたけど、わたしの足音に気づいたのか、

すぐに顔を上げて、ゆっくりと微笑んだ。


「……ああ、来たね、瑠る璃や」


それだけで、空気が変わった気がした。


――ここに、何かが残ってる。

過去も、儀式も、わたしの知らない“トール国”の記憶も。


大おばばさまの声は、小さくて、でもよく響いた。


「お久ぶりですね。織神おりがみ大おばばさま」


久しぶりで少し躊躇していた私に、そんなことお構いなしに――

織神大おばばさまは、普段でも多い皺をより増やした笑顔で、

私を手招きしてくれた。


「お祝いの言葉は……まぁ、形式だけね。

今日、瑠る璃君に話したいのは別のことだよ」


隣に置かれた椅子に腰を下ろした私を、

織神大おばばさまはじっと見つめた。

その瞳が、ほんの少しだけ潤んで見えたのは気のせいかもしれない。


「十四歳かい……」

ゆっくりと笑みを浮かべて、彼女は言った。

「何事も、早いことに越したことはないからね。

 ――その瞳の秘密、ちゃんと守っているかい?」


ほんのちょっとだけ迷ったけれど、私は話すことにした。

ヴェルシーとの出会いから、あの夜のことまで――

覚えている限りのすべてを。


話し終えたとき、織神大おばばさまはしばらく沈黙していた。

まるで顔の皺が、もうひとつ物語を語ろうとしているかのように、

表情は読み取れないほど深く、静かに変わっていた。


そっと私を抱きしめてくれた。

「瑠る璃君は良い子だ……良い子だ」そして頭を撫でてくれた。


「だから、わたくしの秘密を教えましょう。誰も知らない秘密を君だけにね。

――少し待ちなさい」


織神大おばばさまは、椅子に深く座りなおし、そっと目を閉じた。

まるで、瞑想しているみたいだった。


……そうか。

――私の“瞳”と同じだ。


誰かに話す時って、ちょっと、呼吸を整えたくなる。

心の奥から、なにかを手でそっと拾い上げるみたいに。

形がはっきりしないものを、言葉にする準備。


この“瞳”は、たしかに大おばばさまから受け継いだものだけど――

まったく同じじゃない。たぶん、それでいいんだ。


今、大おばばさまが見せようとしてくれるのは、

きっと、“自分だけが知っていた秘密”。


……それを、私にくれるんだね。


織神大おばばさまから受け継いだこの瞳は、まったくの同じじゃなかったんだね。

でも――自分しか知らない秘密を、今こうして教えてくれるのね?


昨日から、ほんと目まぐるしい……

いや、誕生日から、かな?


――どれだけ経ったんだろう?

もしかして、まだ数分しか経ってない?


気がつけば、大おばばさまが、じっとこちらを見ていた。

私のことを――“待っていた”みたいに。


「ふふふ……いいかい、『蝕界』が来るよ。

 わたくしの“予定”通りに、ね」


『蝕界』……?

あれ、今日そんな予定、あったっけ?


「もうすぐだよ」


私の手をとって、ぽん、と軽く叩く。


「あと十個だね」

「……九、八――」


叩かれるたびに、何かが伝わってくる。

緊張……焦り……それとも、“始まり”の気配?


どうして――どうしてこんなに、鼓動が早くなるの?


「三、二、一――」


「……はい」


そうなのね……

少しの間、私の体にまとわりつくほどの暗闇――

『突発的蝕界』だった。


いつ起こるか予測もできないこの現象を、

織神大おばばさまは……まるで“予定通り”に迎えていた。


ほんとにすごい……


私は、大おばばさまの顔を見つめていた。

あの、しわだらけの、でもすごく優しい顔を。


「きらきらとした瞳じゃないか」

「ふふふ……わたくしより綺麗な瞳は、初めて見たよ」

「これはね……どうやって君に伝えたらいいか、わたくしにもわからない」

「でも、きっとわかるさ。君なら――そのうちに、ね」


それを言ったあと、織神大おばばさま、

静かに椅子に深くもたれかかるようにして――動かなくなった。


「え……織神大おばばさま?」


呼んでみた。

でも、返事はなかった。


今、聞こえるのは――私の呼吸だけ。

『突発的蝕界』のただ中なのに、外の音も、気配も、風も、まったくない。


まるで、

この世界に私だけしかいないみたいだった。

【後書き】――rururi


みんなにお祝いしてもらったのは嬉しかったけど、

一番驚いたのは、織神大おばばさまが、あんなにも大きな秘密を――

わたしだけに話してくれたことだった。


なんかね、不思議だったよ。

話してる時、わたしの“瞳”の奥が、ずっと温かくて。

でも怖い気もして。暗くて静かで、だけど確かな何かがあった。


『突発的蝕界』が来るって、予定通りって言われた時はびっくりしたけど、

もしかして織神大おばばさまは、ずーっと前から、

この瞬間のことを待ってたのかもしれないなぁ……って。


”それを“わたしは継いでいけるのかな?


……うん、きっと、大丈夫。


【後書き】――writer I


派手な儀式はもう存在しなくなっていても――

過去は、確かに誰かの中に残っています。

その役を担うのが、織神大おばばさまでした。


久しぶりの再会、静かな会話、そして瑠る璃にだけ語られる“秘密”。

そこには、血縁という絆以上の、「継承」という深い時間の流れがあります。


『突発的蝕界』という予測不可能な現象が、

この一連の語りに異質な空気を差し込んでいて、

世界の不安定さと、瑠る璃の特別さが際立つ一幕になりました。


すべてを語らず、すべてを伝える。

そんな静けさの中にある力を感じてもらえたら、嬉しいです。

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