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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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145話:ふへへ~帰って来ただけだよ

帝都にある私の宮殿内室に、

ルクミィさんとエネくんと一緒に着いた。

あと、クラシェフィトゥももちろんね。


「この扉を開ければ、私とヴェルシー、それにトキノ先生の部屋で~す!」


「もう開けているよ」


「んひゃっ! ト、トキノ先生っ!」


「ようこそ、ルクミィさん、エネくん。

それと……クラシェフィトゥくん、かな?」


――さすがトキノ先生。

部屋の前に来るだけで、ぜんぶお見通し。

あれ? でもそれって本来、ヴェルシーの役目だったはず……?


「ヴェルシーくんはまた“僕の部屋が~”ってうるさいから、

こっちから入ってね」


なるほど。

扉の奥は――ちょっと知らない部屋だった。


知ってる場所なのに、知らない部屋。

もう新しい部屋を作ってくれたのかな?


みんなで入った部屋は、

中央に、ふかふかの巨大な円形ソファがどんと置かれていた。


そのまわりには、それぞれの“居場所”みたいな区切りがあって――


エネくんのスペースには、謎の光る球体がふわふわ浮かんでいて、

トキノ先生の部屋みたいに、子供用の空間だった。


ルクミィさんのところは、すでに完璧に整った収納棚が並んでいて、

ローテーブルと座布団で、すぐにくつろげそうな感じ。


螺旋階段を見に行くとわかった、

この部屋は――トキノ先生が住んでいる階層と同じ場所だった。


たぶん、もうこの三層ぶんが、みんなの部屋ってことなんだろう。


私が初めてこの家に来たときは、まだ二層しかなかったのに――

今では、四層まである。


家がどんどん広がっていくのが、なんだかとても楽しかった。


ヴェルシー以外のみんなと、ご飯を食べた。

にぎやかで、わいわいして、でも不思議と落ち着いた時間だった。


「一応、上には来ないようにね」


そう言って軽く釘を刺してから、私はひとりで螺旋階段をのぼった。


階層ごとの関係性の距離感と、久しぶりの安心感。


「ヴェルシー……」


名前を呼んでみたけど、返事はない。


どこにいるんだろう?

たぶん――お風呂かな。


そう思いながら、私もそのままで、

久しぶりの湯船に、ころん、と入った。


お湯の中に潜った私の目に映ったのは、

ゆっくりと回りながら、湯の中を漂っているヴェルシーの姿だった。


――ねぇ、ヴェルシー……ごめんね。


それが届いたのか、ヴェルシーはゆっくり目を開いて、こちらへ近づいてきた。


そして、静かに私と額を合わせる。


……もう気になんてしてないよ。

君の仲間は、僕にとっても仲間……なんでしょ?


うん。もちろん。そうに決まってる。

ありがとう、ヴェルシー。


私の心が、ふわっと緩んで休まったそのとき――

ヴェルシーは突然、額を離して、湯面からすっと体を起こした。


え……? 何かあったの?

そう思って私も急いで湯から上がった。


「クラシェフィトゥに挨拶しなきゃね」


そう言った瞬間、もうヴェルシーは、

私から取った髪――クラシェフィトゥを、その手に握っていた。


「すごいよ、瑠る璃。彼には意識があるんだね。

それに、なんでも切れる……でも、今は僕を切ろうとしないんだよ」


そう言いながら、ヴェルシーは自分の腕に刃を当てていた。


布が、音もなく裂けた。

着ていたローブが、スッと綺麗に切れていたのに――

その下の肌には、傷ひとつなかった。血も出ていなかった。


「いい仲間だね――クラシェフィトゥ、これからよろしく」


そう言って、ヴェルシーは両手で私にクラシェフィトゥを渡してくれた。


私だけじゃない。

ヴェルシーも、この短剣のことを“仲間”だと思ってくれた。


ほんとに……クラシェフィトゥには、何かを感じる。

だから、ちゃんと大切にするって決めてるんだ。


「――あっ、痛っ」


指先に刺したところから、すっと血がにじんだ。


それを見ていたヴェルシーが、真面目な顔で言った。


「本気出せば、自分でも切れるよ?」


……早く教えてってば。


「いや、本気で切ろうとする人がいるなんて君だけだね」


えぇ~、私そんな事考えてたかな……


ヴェルシーが、私の指先をそっと握ってくれた。

その瞬間、痛みも、血も――すっと、消えていた。


「ナイフでケガする子供みたいだね」


もう……と、ちょっとだけ不満を思いながら、

私はもう一度、試すようにクラシェフィトゥを指先にあてた。


……刺さらない。まったく。


皮膚が強くなったのか、刃が鈍くなったのか――


「うん、わかった。ありがとう」


そう言って、私はクラシェフィトゥを大切に――そっと髪の毛へ戻した。

きらっと光って、するりと馴染むその感触が、ちょっとだけくすぐったかった。


湯船をでて、ベッドの上にばたんと寝転がった。


旅の疲れが一気に溶けていくようで、

ごろごろすると柔らかさに包まれている様だった。


「帰ってきたんだなぁ……」って気持ちがふわっと広がって、

そのまま目を閉じた時、ヴェルシーも来た。


私とヴェルシーの頭は、ちょうどぴったり隣り合っていて、

体の向きだけ、互いに逆を向いていた。


声をかけなくても、おでこ同士がふわっと触れたその距離感が、

なんだかとても心地よかった。


「今日は僕もなんだか疲れたんだ、もっと寝なきゃ……

明日も大変そうだから瑠る璃もちゃんと寝なよ」


ヴェルシーはそれから何も言わなくなった。


私も、もう何も考えなくてよくなった。


明日のことも、過去のことも――今はこのままでいいかな。

【後書き】――rururi


最初はひとりで旅に出て、いろんなことがあって、

でも気がついたら、仲間がいて、守ってくれる人がいて、

ちゃんと帰る場所もあったんだなぁって、今日すごく思った。


クラシェフィトゥもちゃんと仲間になってくれたし、

ルクミィさんもエネくんも、そしてヴェルシーも、トキノ先生も。

なんかもう、家族っていうか……うん、にぎやかで安心する!


でも、旅って終わるとちょっとだけさみしいね。

だから、また次のことを考えていくんだと思う。


今日はとにかく、いっぱい歩いたし、いっぱいしゃべったし、

お風呂もあったかかったし――


……おやすみなさい!


【後書き】――writer I


145話は、旅を終えて“帰る場所”に戻った瑠る璃の姿を描きました。

でもただ帰ってきただけじゃなくて――

旅の途中で出会った仲間たち、支えてくれた人たちとの時間が、

彼女の「家」そのものの意味を変えてくれたんだと思います。


この章を通して、瑠る璃は「外に出る理由」だけじゃなくて、

「戻ってきたいと思える理由」も、ちゃんと見つけたように思います。


静かだけどあたたかい、8章の終わりになっていたら嬉しいです。

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