145話:ふへへ~帰って来ただけだよ
帝都にある私の宮殿内室に、
ルクミィさんとエネくんと一緒に着いた。
あと、クラシェフィトゥももちろんね。
「この扉を開ければ、私とヴェルシー、それにトキノ先生の部屋で~す!」
「もう開けているよ」
「んひゃっ! ト、トキノ先生っ!」
「ようこそ、ルクミィさん、エネくん。
それと……クラシェフィトゥくん、かな?」
――さすがトキノ先生。
部屋の前に来るだけで、ぜんぶお見通し。
あれ? でもそれって本来、ヴェルシーの役目だったはず……?
「ヴェルシーくんはまた“僕の部屋が~”ってうるさいから、
こっちから入ってね」
なるほど。
扉の奥は――ちょっと知らない部屋だった。
知ってる場所なのに、知らない部屋。
もう新しい部屋を作ってくれたのかな?
みんなで入った部屋は、
中央に、ふかふかの巨大な円形ソファがどんと置かれていた。
そのまわりには、それぞれの“居場所”みたいな区切りがあって――
エネくんのスペースには、謎の光る球体がふわふわ浮かんでいて、
トキノ先生の部屋みたいに、子供用の空間だった。
ルクミィさんのところは、すでに完璧に整った収納棚が並んでいて、
ローテーブルと座布団で、すぐにくつろげそうな感じ。
螺旋階段を見に行くとわかった、
この部屋は――トキノ先生が住んでいる階層と同じ場所だった。
たぶん、もうこの三層ぶんが、みんなの部屋ってことなんだろう。
私が初めてこの家に来たときは、まだ二層しかなかったのに――
今では、四層まである。
家がどんどん広がっていくのが、なんだかとても楽しかった。
ヴェルシー以外のみんなと、ご飯を食べた。
にぎやかで、わいわいして、でも不思議と落ち着いた時間だった。
「一応、上には来ないようにね」
そう言って軽く釘を刺してから、私はひとりで螺旋階段をのぼった。
階層ごとの関係性の距離感と、久しぶりの安心感。
「ヴェルシー……」
名前を呼んでみたけど、返事はない。
どこにいるんだろう?
たぶん――お風呂かな。
そう思いながら、私もそのままで、
久しぶりの湯船に、ころん、と入った。
お湯の中に潜った私の目に映ったのは、
ゆっくりと回りながら、湯の中を漂っているヴェルシーの姿だった。
――ねぇ、ヴェルシー……ごめんね。
それが届いたのか、ヴェルシーはゆっくり目を開いて、こちらへ近づいてきた。
そして、静かに私と額を合わせる。
……もう気になんてしてないよ。
君の仲間は、僕にとっても仲間……なんでしょ?
うん。もちろん。そうに決まってる。
ありがとう、ヴェルシー。
私の心が、ふわっと緩んで休まったそのとき――
ヴェルシーは突然、額を離して、湯面からすっと体を起こした。
え……? 何かあったの?
そう思って私も急いで湯から上がった。
「クラシェフィトゥに挨拶しなきゃね」
そう言った瞬間、もうヴェルシーは、
私から取った髪――クラシェフィトゥを、その手に握っていた。
「すごいよ、瑠る璃。彼には意識があるんだね。
それに、なんでも切れる……でも、今は僕を切ろうとしないんだよ」
そう言いながら、ヴェルシーは自分の腕に刃を当てていた。
布が、音もなく裂けた。
着ていたローブが、スッと綺麗に切れていたのに――
その下の肌には、傷ひとつなかった。血も出ていなかった。
「いい仲間だね――クラシェフィトゥ、これからよろしく」
そう言って、ヴェルシーは両手で私にクラシェフィトゥを渡してくれた。
私だけじゃない。
ヴェルシーも、この短剣のことを“仲間”だと思ってくれた。
ほんとに……クラシェフィトゥには、何かを感じる。
だから、ちゃんと大切にするって決めてるんだ。
「――あっ、痛っ」
指先に刺したところから、すっと血がにじんだ。
それを見ていたヴェルシーが、真面目な顔で言った。
「本気出せば、自分でも切れるよ?」
……早く教えてってば。
「いや、本気で切ろうとする人がいるなんて君だけだね」
えぇ~、私そんな事考えてたかな……
ヴェルシーが、私の指先をそっと握ってくれた。
その瞬間、痛みも、血も――すっと、消えていた。
「ナイフでケガする子供みたいだね」
もう……と、ちょっとだけ不満を思いながら、
私はもう一度、試すようにクラシェフィトゥを指先にあてた。
……刺さらない。まったく。
皮膚が強くなったのか、刃が鈍くなったのか――
「うん、わかった。ありがとう」
そう言って、私はクラシェフィトゥを大切に――そっと髪の毛へ戻した。
きらっと光って、するりと馴染むその感触が、ちょっとだけくすぐったかった。
湯船をでて、ベッドの上にばたんと寝転がった。
旅の疲れが一気に溶けていくようで、
ごろごろすると柔らかさに包まれている様だった。
「帰ってきたんだなぁ……」って気持ちがふわっと広がって、
そのまま目を閉じた時、ヴェルシーも来た。
私とヴェルシーの頭は、ちょうどぴったり隣り合っていて、
体の向きだけ、互いに逆を向いていた。
声をかけなくても、おでこ同士がふわっと触れたその距離感が、
なんだかとても心地よかった。
「今日は僕もなんだか疲れたんだ、もっと寝なきゃ……
明日も大変そうだから瑠る璃もちゃんと寝なよ」
ヴェルシーはそれから何も言わなくなった。
私も、もう何も考えなくてよくなった。
明日のことも、過去のことも――今はこのままでいいかな。
【後書き】――rururi
最初はひとりで旅に出て、いろんなことがあって、
でも気がついたら、仲間がいて、守ってくれる人がいて、
ちゃんと帰る場所もあったんだなぁって、今日すごく思った。
クラシェフィトゥもちゃんと仲間になってくれたし、
ルクミィさんもエネくんも、そしてヴェルシーも、トキノ先生も。
なんかもう、家族っていうか……うん、にぎやかで安心する!
でも、旅って終わるとちょっとだけさみしいね。
だから、また次のことを考えていくんだと思う。
今日はとにかく、いっぱい歩いたし、いっぱいしゃべったし、
お風呂もあったかかったし――
……おやすみなさい!
【後書き】――writer I
145話は、旅を終えて“帰る場所”に戻った瑠る璃の姿を描きました。
でもただ帰ってきただけじゃなくて――
旅の途中で出会った仲間たち、支えてくれた人たちとの時間が、
彼女の「家」そのものの意味を変えてくれたんだと思います。
この章を通して、瑠る璃は「外に出る理由」だけじゃなくて、
「戻ってきたいと思える理由」も、ちゃんと見つけたように思います。
静かだけどあたたかい、8章の終わりになっていたら嬉しいです。