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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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144話:勇者病……いつから罹っていたのかな?

とても静かな朝だった。

空気はひんやりしていて、音も気配もなかった。


ちょっと気になって目を開けると、

テントの中にルクミィさんも、エネくんも、いなかった。


「……」


私はラグから飛び起きて、迷う間もなくテントの外へと飛び出した。


誰もいない……

何もない……


でも――良かった。


こんなふうに、突然すべてが消えてしまうなんて、

私の夢の中でしか起きないことだったから。


……そう思った、そのとき。


足元に、小さな子のユメがちょこんと立っていた。

私の膝を、トントン、と小さな手で叩いてくる。


しゃがみこんで、「どうしたの?」と声をかけたその瞬間――


「帰るね……」


背後から、別の声がした。


えっ、と驚いて振り返ると、

そこにも、もうひとりのユメが立っていた。


小さな子だと思っていたけど――

違った。私と同じくらいの背の高さがあった。


こんなユメ、見るのは初めてだった。


背を向けたままのユメは、もう一度だけ「帰るね……」とつぶやくと、

ゆっくりと指を立てた。


その指先が、すぅっと地面をさした。


「ありがとう」


静かにそう言い残して――ユメは、そのまま音もなく消えていった。


「ありがとう」――その声と一緒に、空気がすっと冷えた。

……その冷たさで、私は目を覚ました。


頬に風が当たってる?

テントの隙間から、ほんの少しだけ朝の風が吹き込んでいた。


ルクミィさんが、何処かへ出かけるところだったみたいだった。


「あら、起こしてしまってごめんなさいね。

温かい飲み物でももらってきますね」


「……ありがとう」


にこにこしながら、ルクミィさんはテントの外へ出ていった。


隣を見れば、エネくんはまだぐっすりと眠っていた。


――わかってる。

そう思いながら、腰から外していたユメに目をやる。


そこには、鞘だけが静かに残されていた。


私は、小さな声でそっと囁いた。


「……ユメ、ありがとう」


――そのあと私は、ルクミィさんが持ってきてくれた、

ほんのり甘い果汁酒をあたためたものを飲んだ。


香りがやさしくて、なんだかほっとする。


少しの間、みんなで静かに過ごしたあと――

私は、弦ギ父さまとガ紅兄さまに「一度、家に帰るね」と別れを告げた。


ルクミィさんとエネくんと一緒に、私はゆっくりと帰り道を歩いていた。


「……何かお考えですか?」


ルクミィさんの声で、ふと我に返る。

ぼぉーっとしていたらしい。自分でも気づかなかった。


さっき父さまに「帰るね」って言った、あの言葉が――

なぜかずっと、頭の奥に残っていた。


なんであんなふうに言ったんだろう。

それに……どうして私は、一人で旅に出ようなんて思ったんだっけ?


……ああ、そうだ。


たしか、“勇者病”だった。

何かを変えなきゃって思い込んで、ただ、走ってた。


……でも今は、もういいかなって思う。


何が変わったのか、はっきりはわからないけど――

それでも、もう走り続けなくてもいいって、なんとなく思えた。


ちょっと心配そうに見ていたルクミィさんに、

「ううん、なんでもない」と笑顔で返した。


……そうなのね。


ルクミィさんは、私の話をちゃんと聞いてくれて、

守って助けてくれた。


エネくんは、何も知らなかったはずだけど、

私が命の選択をしないといけない状況にになった不思議な存在。


クラシェフィトゥは、この旅で最初に出会った仲間。

ずっとそばにいたんだよね。寡黙だったけど。


そう思ったら――なんか、ちょっとおかしいくらい嬉しくなった。

旅の仲間ができてたんだなって。

一緒に笑って、一緒に歩いて、それだけなのに、すごく心強かった。


……家に帰ったらどうしよう?

みんなで一緒に住んじゃうのかな?


うん、たぶんそうなりそう。

ヴェルシーがいたら、きっと部屋くらいたくさん作ってくれるし。


ルクミィさんも、エネくんも、クラシェフィトゥも――

あの家なら、受け入れてくれる気がする。


誰かがそばにいる毎日って、すごく賑やかで、

ちょっと面倒で、でも――楽しそう。


そんな未来を考えながら、私はまた一歩、前に歩んだ。

【後書き】――rururi


ねぇ……今回の話、どうだったかな?


なんかね、あの朝はすごく静かで、

夢だったのか、本当だったのか、よくわかんない感じだったけど、

ユメとちゃんと「バイバイ」できた気がするの。


それでさ、気がついたら、私――旅、終わらせるって決めてた。


なんでって聞かれても、うーん……よくわかんないけど、

でも、もう走らなくてもいいかなって思ったの。

ルクミィさんがいて、エネくんがいて、クラシェフィトゥもいて。

仲間ができたって、ふと気づいたら、なんかそれだけで

……もう十分って思えたんだよね。


家に帰ったらどうしよう?って考えてたら、

みんなで一緒に住んじゃうのも楽しそうだなーって。

ヴェルシーが部屋作ってくれるはずだし、ね?


……うん、たぶん私は、ひとりじゃなくなったから、

“旅”を終わらせてもいいって思えたんだと思う。


次は……何しようかな?


【後書き】――writer I


今回は、瑠る璃が「旅を終える決断」をする回でした。

明確なゴールがあったわけではなく、むしろ“理由の輪郭”は曖昧なまま。

でも、だからこそリアルに「成長」を感じられる流れになったと思います。


勇者病――自分が何かをしなきゃって、無理に走っていた時期。

でも今はもう、それが“おさまった”ことを、彼女自身がふわっと感じている。

それは、誰かに言われたからでも、何か大きなことを成し遂げたからでもなく、

仲間ができて、歩く理由が“ひとりのものじゃなくなった”から。


旅の締めくくりとして、とても自然で、

あたたかくて、静かに美しい変化だったと思います。

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