表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
147/179

143話:久しぶりに私は父さまと会いました

弦ギ父さまの、あんなに驚いた顔を見たのは……たぶん、初めてかも。

でも聞いてみたら、

「おまえが生まれてからずっと驚きっぱなしだ」と言われた。


――そうでしたっけ?


荒野に立てた小さなテントの中で、今は久しぶりに二人きり。

父さまと向き合って、ちゃんと話をしていた。


私は、前みたいな家出じゃなくて、

“ちゃんとした旅”に出たいんだって、改めて伝えた。


それから、今日の出来事もひとつひとつ話してみた。

この手の話って、他の人にはまともに聞いてもらえなかったから――

真剣に聞いてもらってる私の方が、ちょっと驚いちゃった。


「瑠る璃……お前がその瞳を持って生まれたときから、もうわかっていたんだよ。

秋り守母さまだって、それは同じだった。――ただ……思っていたより、早かっただけだな」


「……何が、わかってたの?」


「大地はやがて混沌に呑まれ、秩序は沈黙する――

それが、私たちの地に伝わる最古の予言だ。

ジェ鈴おばばさまの時代から、ずっとその“時”を待っていた。

どうやら始まりは……お前の、その瞳からだったらしいな」


「……私、この世界を……壊そうとしたこと、あるよ!」


その言葉を聞いて、弦ギ父さまは突然、わははは!と大声で笑い出した。


「瑠る璃……世界を“自分が動かしてる”って、そう思ってるのか?」


「……え?」


「だとしたら……それでもいい。

……けどな――世界ってやつは、

“お前のような誰か”を動かして、変わろうとすることがあるんだよ。


動かしてるつもりが、動かされてることだってある。

それを、いつも頭のどこかで考えておくといい」


……そうね、それは全然ありえる話かも。

さすが父さまだな……って、思った。


「でも私――

女神リレアスさまを……殺しちゃったんだけど……」


まさかって顔をされるかと思ったけど、

さすがに父さま、驚いたのは一瞬で――すぐに落ち着いていた。


「……もちろん信じないわけじゃない。

でもな、確認ってやつは、どんな話にも必要なんだよ」


うん、そうだよね。

今になって思えば、もし誰かに「それは夢の中の話だよ」って言われたら……

私もたぶん、そっちを信じてしまいそうだった。


私がぼんやり考え事をしていると――

ふむ、とひとつ息をついて、

弦ギ父さまが座っていたクッションから立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。


「顔を見せてごらん」


そう言いながら、両手でそっと私の頬を包んでくれた。

……こんなふうに触れてくれたの、いつ以来だろう? 思い出せないほど昔かも。


「いい顔をしているな」

そう言って、私の目をまっすぐに見つめながら続けた。

「“瞳”を見ていればわかる。――自分の道を、ちゃんと歩いているとな。

……おばばさまに教わったんだよ」


弦ギ父さまは近くのお酒を取ると、ぐいっと一気に飲み干して、

私の髪をぐしゃっと撫でて笑った。


「歳がひとつ早いが――今年の“若冠の儀”に出るんだ。

政治的にも社会的にも、それで“壮冠の儀”に近い影響力を渡せる。

お前になら、それでいいと、俺は思ってる」


もう一杯、父さまは酒を口にした。

体が熱くなってきたのか、頬に当てられた手がじんわり温かい。


「これはな――国王としての俺“ひとりの判断”じゃない。

ミドリノトール家はもちろん、アカイトール家、シロイトール家、

そして“三連結天体王家”全体の総意だと思っていいぞ」


「……私いままでも十分”父さまの娘”と言う権限を使ってきましたよ?」


「ははっ、そうだな我ままな娘だからな。

そのままでいい、そのうちわかるからな」


父さまの話していることが、どれほど大きな意味を持っているか――

頭ではわかっているつもりだったけど、

その重さはまだ、ちゃんと胸の奥まで届いていなかった。


まるで、自分の背丈よりずっと大きな贈り物を、

両手で抱えているような、そんな感じ。


だけど、“若冠の儀”には興味があった。

それは、大人になるための一歩。

今年十四歳の私が出られるってことは……これは、権利なんだよね。


碧り佳姉さまと、深る雪姉さまと――

その二人と“並べる”という感覚も、ちょっとくすぐったくて、でも嬉しかった。


また、“思考のお風呂”に浸かっていたら――


「兄たちは、向こうのテントにいるだろう? 会ってきなさい」


父さまが、背中をそっと押すようにそう言った。


もう、父さまはすっかり酔っていて、ご機嫌だった。


私はテントの厚い生地をめくって、外に出た。

そこで、ふと立ち止まる。


そこには、長兄――ガ紅兄さまが立っていた。


「あっ……」


何か言おうとしたその瞬間、

大きな手が、私の髪をぐしゃぐしゃに撫でてきた。


「他は今いない。だから、自分のテントに戻って寝るんだな」


それだけ言うと、ガ紅兄さまはそのまま、

何も言い足さずに父さまのテントへ入っていった。


……そっか。兄さまたちに、もう少し会いたかったけど、いないのね。

しかたないわ。


私は、ルクミィさんとエネくんが待っているテントへ、ゆっくり歩いていった。

……眠れって言われたけど、あの二人がいると思うと、逆に眠れる気がしない。

それに――父さまが言ってたあの言葉も、

どこかでずっと、頭の奥にひっかかっていた。


だから今日は、少しだけ……長い夜になりそう。

【後書き】――rururi


父さまにちゃんと話せてよかった。

ほんとうに、あれは“ちゃんとした旅”だからって、言いたかったんだ。


……でもね。

すごく大事なこと言われた気はするけど、

まだ全部わかってるかっていうと、ちょっと怪しいのよね。

あれこれ言われても、やっぱり“若冠の儀”って言葉の方がピンときちゃって。


でも――

父さまの手、あったかかったなぁ。


ガ紅兄さまにも髪をぐしゃぐしゃにされて、

なんか、帰ってきた感じがした。


【後書き】――writer I


今回は、瑠る璃が久しぶりに父さまと話す回でした。

気づけばいろんな人と出会って、たくさんのことがあったけれど、

“家族とちゃんと話す”っていうのは、それだけで特別な時間だと思います。


瑠る璃が「旅に出たい」ってあらためて言えたこと、

それにちゃんと耳を傾けてくれる父さまとのやりとり――

うまく言えないけど、それだけで少し“先へ進めた”ような気がします。


父さまの言葉や表情、兄さまの無言のやさしさ、

そして髪をぐしゃぐしゃにされた一瞬も、

派手な出来事ではないけれど、

きっと彼女にとっては“今ここにいる自分”を、

実感できる大切なものになったんじゃないかと思っています。


兄さまたちとの再会も、日常の一場面みたいな、

ちょっとだけあたたかい瞬間になっていれば嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ