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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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139話:ねぇ、私、何回呼んだと思う?

靄が、数万本を超える針から私を守ってくれているのは見えた。

でも――全身は守りきれなかったらしい。

たった一本、短く細い針が肌に刺さっただけでも、

痺れる様な痛みが全身を走った。


……このままじゃダメだ……


――私は、何もない壁面から飛び出した。


……いや、考えれば”何もない壁”なんてありえないよね。


“その場所”を通り抜けた瞬間、全身がぞくりと震えた。


……それだけのことだった。


こんな高いところから飛び降りて、本当に無事でいられるのかな?


もちろん、地面に落ちるつもりじゃない。

目指すのは、隣の建物の屋上だった。


あぁ、でも落下する方が早い様だった。

なるだけ体を丸く小さくした。


ジャッと大きな音がして、建物の壁が靄で消し飛んだ。

熱で明るく、円状に空いた場所から隣の部屋へと飛び込んだ。


床はじゃりじゃりする砂の様だったけど、全部錆びだった。

服が――その時、頭を守っていた腕のあたりが、ぼろぼろになってしまった。


……平気。

逃げ切れるかはわからない。でも、どこまでも走れば、きっと――


錆びだらけの床がざらじゃらっと崩れた。

一つ下の階に落ちて、身体が止まったのはほんの数秒。


――また落ちた――その時にはもう走っていた。

その方が衝撃を逃せると思ったのもある。


だけどもう遅いかも。


私が次の建物へ飛び移ったとき、

背後で砂状に、錆びだらけの建物が崩れていった。


どこまで建物を下ってきたんだろう?

この世界に“地上”というものがあるなら――

今、私が遥か下に見下ろしている氷の大地が、それなんだと思う。


……高すぎて、飛び降りるなんて無理。

はぁん……行き止まり、かな。


「聖地に降りられるのは困ります」


振り返ると、そこにはルクミィさんによく似た人が、階段の前に立っていた。

ここまで降りてこられる唯一の階段を塞ぐように。


同じ殺されるなら、戦いたい――それが武系の王家の常識だし、

兄妹の中で《復活》をまだ経験していないのは私だけ――それだけの事だった。


何か飛ばしてくるのかと思ったけど、彼女はただ、歩いてくるだけだった。

私の靄の中を、何もせず、ゆっくりと――何かを拾いながら。


ん? 何を拾ってるの……?


それは、私の靄で壊された彼女の一部だった。


目の前まで来た時には、両手いっぱいにそれを抱えていた。

でも、表面が少し剥げているくらいで、ほとんど無傷のようだった。


「聖地に落とされると困ります」


――もしかして、笑ってる?


彼女は、手に持っていた表皮をさらさらと口に入れ、そのまま飲み込んだ。


そして、その手で私の首を絞めてきた。

いきなりではなく、ゆっくりとだった。


……そういう殺し方もあるらしいけど、

まさか今、それを知るとは思わなかった。


「……ど、どうして」


何を何で聞いたのか自分でも分からなかったけど――彼女が答えた。


「ここで分離されては困ります」


あ、苦しい……ような気がする。

意識がなくなりそう。


目も、開けていられない――

でも……誰か来た、かな?


……そう思っただけかもしれない。


首から手が離された……のかな?

悪夢から目覚めた、なんて体験、私にあったっけ?


大きく深呼吸すると、意識が戻ってきた。

私が立っていられるのは、目の前にいる彼女が腰を支えてくれているからだった。


「……私を殺すのは、止めたの?」


「はい。瑠る璃さまを殺すなんて……」


彼女は怒っているようだった。

私を抱いたまま、足元の縁ぎりぎりに身を乗り出すと――


キンッ――キンッ――


金属の澄んだ音がして、片手に持っていた剣を地表へ向かって投げた。


「ごめんなさい瑠る璃さま。遅くなって……

”不良品”を止める方法が、ここまで来るしかなかったので……」


「ルクミィさん」


「はい」


――何回、ルクミィさんの名前を呼んだかな?


でもルクミィさんはその度に返事をしてくれた。

【後書き】――rururi


……あの時、私は本当に死ぬと思ってた。

進めるだけ進んだ最終地点――そう考えたかも。


そして首を絞められて死ぬのねと。


最初に現れた“ルクミィさん”は、顔も声も似てるけど、別人だった。

絶対確かだった――私のことを見てなかったし。


でも――

最後に手を伸ばしてくれた“ルクミィさん”は、ちゃんと私を見てた。


一瞬迷ったけど、彼女に名前を呼んで、返事をもらった。


それだけで、ちょっとだけ安心したんだ。

ちょっとだけ不思議な感覚だったけどね。殺されかけた直後だったから。


でも、あの人の腕の中で、私は立っていられた。

もう絶対だった。


――だから、呼んだんだよ。何度も。

名前を。


ルクミィさんって。


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