137話:一瞬繋がりを切るのかと思ったけど……
さっきまで、遥か頭上から響いていた音が――今は、ぴたりと止んでいた。
また地下に潜ってきたけど、どこなのかはまったくわからない。
先にある部屋の中が、真っ赤に染まって見えた。
最初は「血?」って思ったけど、違った。
部屋を照らしていたランプの光が、まるで血の色をしていたのだった。
そして、そこにいたのは――
みんな、同じ顔をした半透明の男の子たちだった。
「もう見つかったね」
「ねぇ、精霊が分離するよ」
「僕たちは一つになるから」
男の子たちは、順番に、ひと言ずつだけ話した。
声はまるで、別々なのにひとつに響いているみたいだった。
シャーッ、という音が鳴った。
床の隙間から、金属の箱がゆっくりと浮かび上がってきた。
それがカチリと開くと、男の子たちは一人ずつ、静かに中へ入っていった。
そして最後のひとりが、私のほうを向いて言った。
「分離……しなきゃ……。……どうやって、すればいいの?」
私がそんな答えを知ってるわけもなかった。
でも――すぐ、別のことを思いついた。
「そのままでいいよ。私も……逃げる時、あるから」
その言葉に、男の子は――うなずいた気がした。
一緒に行こうと、少し前に踏み出した、そのとき。
金属箱の中から、防護服を着た人物が現れた。
長く、鈍く光る棒のようなものをかざして、まっすぐ私たちに向かってきた。
襲うように。迷いもなく。
私から伸びた靄が、防護服の人の振るった棒に触れた。
その瞬間――
ものすごい「バンバンッ!」という音と、
数千、いや数万にも見える火の粉が四方へ舞い散った。
……なに、これ?
ぱっと見ただけじゃ、何が起きてるのかわからなかった。
でも――相手の攻撃を防いでいる、それだけは分かった。
そのとき、轟音の中でふと――声が聞こえた気がした。
「ねぇ、あれじゃない?」
……あれ? なにが?
目で探してみた。けれど、あんな重装備じゃよく分からない。
でも――関節? そうか、もしかして……そこ?
他に思いつくところもなかったから、
私は“腕のつけ根”を意識して――次に備えた。
この靄が――もし、私の無意識で動いているのなら。
意識して動かせるはず。
そう思って、“狙い”を込めた。
……そして。
防護服の人の体から、腕が離れた。
そのまま細切れになって、火の玉のように弾けていった。
床に転がるのは、熱を帯びた複数の球体。
それはまるで、細かい破片が命を持ったかのようだった。
ガラスの奥から見えるその顔には、感情がなかった。
――あれは、“人”じゃない。
そう確信したのも束の間。
金属箱から、もう一人――そして、さらにもう一人。
次々に、防護服を着た何者かが現れはじめていた。
私の靄は――さっきとは違って、今度の二人には届いていなかった。
阻んでいるものがあった。
……液体だ。油のようなものが、彼らのまわりで飛び跳ねていた。
それがこちらに飛んできそうになった、そのとき――
ぼわっと、火がついた。
転がっていた熱球に触れた液体が、まるで引火したように、
ぱちぱちと炎を生み出していく。
その炎の熱と光が、床に広がっていくなか――
私はふと、背後を気にした。
男の子は、大丈夫だろうか?
たしか、さっきまで私の後ろにいたはず――
でも、もともと気配が薄い子だったから、不安になって一瞬だけ振り向いた。
あ……
後ろにいたはずの男の子は――
今、精霊と“分離している最中”だった。
……そうとしか、言いようがなかった。
それ以外の言葉が、どうしても思いつかなかった。
こんな時、私は……どうすればいいの?
独りで逃げる? でも、それって意味あるの?
いいえ、そんな事しても意味はないはず、それだけは、わかってた。
だったら――
助けを、求めるしかない。
今、この状況で、誰かに――どうにかして。
――え?
それって……それは私の事を助けているの?
ユメは、頭の上で振り落とされないように、
私の髪をぎゅっと握っていた。
そして、あの騒音に負けないような大声で――
「切っちゃえ~! はやく~、はやくぅ~!」
……私がこれからどうなるのか。
そんなこと、今さら考えても仕方なかった。
だって――無意識って、そういうものだよね?
……そういうもの、なんだよね?
目の前にいる男の子を、
私の靄が、もう包みこんでいた。
……これで、「切った」ことになるのかな?
……じゃあ、私は一体、何を“切った”の?
男の子から離れかけていた“精霊”が、
その体へと――ふたたび、戻っていった。
でも、それはもうさっきまでの彼とは違っていた。
半透明なんかじゃない。
ちゃんと、私と同じ“体”を持った――
あの男の子が、そこにいた。
その瞬間。
彼の身体が、ふわっと光になって――
姿が見えなくなった。
【後書き】――writer I
正直、「切っちゃえ〜」ってユメに言わせた時、
私もちょっと「え、それでいいの……?」ってなってました。
でも、あの瞬間の瑠る璃には、ああするしかなかった気がしてます。
助けたのか、壊したのか、まだよく分からないけど、
きっと“切る”って、ただの終わりじゃなくて、
別の形に変えるためのことだったんだと思います。
……たぶんね。
続きを書くのがちょっとこわいような、でも楽しみでもある感じです。