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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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136話:考えないようにしてる。うん、してる

ぐぅぅん……という低い音が、どこからともなく響いてきた。

それに合わせて、足元がふわりと沈んだ気がした。


それから、カチャン、と硬い音がして――部屋は、ぴたりと静かになった。


金属箱の、どこだったのかわからない面が音もなく開いていく。

筋が浮かびあがり、斜めに上下へと分かれながら、静かに口を開けた。


――え?


箱の中は、まるで別の空間に繋がっているように見えた。

窓から覗いていたときに見えた、あの“透明なかたまり”たちは……

一体、どこへ行ってしまったの?


代わりにそこにいたのは、全身をぶ厚い服で覆った男性。

顔の部分だけ、グラスのような透明な素材で覆われていた。


その姿は、以前ルクミィさんに借りた防護服によく似ていたけれど、

もっとずっと重そうで――武器の様な物を持っていた。


男性は驚いていた表情で固まっていた。


私のほうが、冷静になるのが早かったのかもしれない。

今いる“どこにも行けない部屋”より、

“変な人がいる部屋”のほうが――先に進めそうな気がした。


見知らない部屋に、そっと一歩踏み出す。


そのとたん、あの男性はふらふらとした足取りで、私から離れていった。


ここは、どこを見ても金属の光沢に囲まれていた。

天井にも、壁にも、隙間というものが存在しない。


多数のライトが、私が出てきた“箱”に向けられていて――

この空間自体が、私を監視するために存在してるような気さえした。


さっきまでいた部屋と同じように見えるけれど、

こちらには埃ひとつ落ちていなかった。完璧なほど、きれいだった。


男性が向かった先には、ひとつだけ扉があった。


どう考えても、そこから出なければ、

私はここに閉じ込められるのは確実だった。


「ちょっと待って」


そう言って止まってもらおうかと思ったけど、

あの男性は明らかに慌てていて――しかも、その原因はどう考えても私。


だから私は、扉が開いた瞬間に、男性の横からすっと通り抜けた。


すれ違ってから振り向いて一応「ありがとう」とは言っておいたけど、

男性はそのまま大きく口を開けて、白目を向いて――倒れてしまった。


「あ……」


勝手に閉まりかけた扉に挟まれそうだったけど、

ぎりぎりで彼は挟まらずに済んだ。なら、まあいいか。置いていこう。


新しい通路は、どこに繋がっているんだろう。


ずっとさまよってる気がするけど、

なんだか、迷路に入りこんでるみたいで――少し、楽しくなってきた。


「あっちじゃないかな?」


またユメが耳元で囁いて、手がかりをくれた。


……そうよね。よく見れば、あちらのほうが、人が通った跡がある。


そちらへ向かって歩いていくと、扉があった。

でも、その扉には――鍵がかかっていた。


そう思った、そのときには。


……もう扉は、曲げられ、捻られ、潰れていた。


あっけないほど、めちゃくちゃに。


――そうか。私がやったんだ。“これ”を。


どこから出てくるかわからないけれど、

この靄がやったことなのは、確実だった。


うっ、うぅ~……

一気に気が滅入った。


でも、ここにいても仕方がない。

私は黙って歩き出した。


とりあえず――上へ行こう。

この力があれば、大体の障害は問題なさそうだった。


……ただし、壊しすぎるのが問題で。


「ごめんなさい」って、言いながら進むしかなかった。


あ~ぁ。

またひとつ、扉を壊してしまった――でも。


その先は、外だった。


やっと……出られたんだ――


私は息を呑んだ。


目の前に広がっていたのは――“外”なんかじゃなかった。


そこは、どこまでも続く巨大な地下空間だった。

しかも、見上げたその天井には……無数の建物が、生えていた。


逆さまに、びっしりと。

まるで空が、もうひとつの街になっているみたいに。


建物の窓からは、淡く灯る光がちらちらと揺れていて、

誰かが“逆さの世界”で普通に暮らしているようにも見えた。


「え、ちょっと……これ、なに?」


植物種のフロル王が作り出した、あの地下空間に――

少しだけ、似ている気がした。


でも、ここは違う。

空気の匂いが、全然ちがった。


油と、錆び。

鉄と火がこすれ合ったような、重たいにおい。


じゃあ……私がいる場所って、いったい何?

ここって――どこなの?


そう考えようとした瞬間、靄が勝手に私を包み込んだ。


空から降ってきた“何か”を防ぐように。


でも守られていたのは、私のまわりだけだった。


足元の床が、ゆっくりと崩れていく。

さっきまでいた施設のような場所も、壁ごと、音を立てて崩れはじめた。


とりあえず――今までいた場所へ、避難しよう。

外に出られたと思ったのに、逆戻りだなんて……。


「ユメ……どこに行けばいいの?」


呼びかけても、返事はなかった。


外に近い部分は、もうぼろぼろだった。

崩れて、折れて、ねじれて――そこに“出口”なんて残っていなかった。


何かが崩れていく音を背にして、

私は、今度は――下っていった。

【後書き】――writer I


閉じられた空間、制御できない力、

そして外に出られたはずなのにまた下りていく――


今回の話は、瑠る璃がこれまで積み重ねてきた“選択の果て”が、

少しずつ思い通りにならなくなってきたことを示す話でした。


誰かに導かれているようでいて、実はそれが“妄想”かもしれない。

彼女が感じている“現実”が、他の誰かには違って見えているかもしれない。

でもそれでも、彼女は前に進む。


壊してしまうことに傷つきながら、それでも壊して進まないと道が開かない。

そんな彼女の複雑さが、少しでも読者のみなさんに届いていたら嬉しいです。


次回は、「この下」がどうなっているのか。

彼女が何に触れ、何に出会うのか。

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