女神様に会いに行きますよ。
ガチャン。
扉を閉めた音が響く。
あれ、部屋じゃない?
狭い場所で、前方から細い光が差し込んでいる。
まわりにたくさん荷物があるし、たぶんクローゼットかな?
子供の頃からよく入っていた場所だから、きっと当たっているはず。
耳をすませてみるが、誰もいなさそうだ。そっと戸を開けてみた。
そこは私の内室だった。
部屋の反対側にもう一つクローゼットがあり、服などが入っているのはそちら側だけだ。
急いで着替えようと、隣接するバスルームへ向かい、
まずは身だしなみを整えようと姿見を覗き込む。
――いつもは梳かすのも面倒な髪が、もう整っていた。
適当な服に着替え、もう一度自分の姿を見る。
楽しいのだろうか?自然と笑みがこぼれている。
女神堂に持っていく物もないから、手ぶらで廊下への扉を開いた。
扉の外にいたのは女官イースさんだ。結構距離は離れていたが、
「きゃっ」
驚いたような悲鳴をあげた。しかしすぐに近づいてきて、
「瑠る璃様、いらっしゃったんですね。
凛々エル様から、中央魔法堂の女神リレアス様像へと案内するよう申しつかっております。
お時間はまだ十分間に合いますが、いかがなさいますか?」
やはり目を伏せて、私の顔は見ていなかった。
でも、早口の様子はいつも通りの女官イースさんだった
「イースさん、私は女神様の場所を覚えていますから、案内は結構ですよ」
私はそう言い残し、後ろで「あわわ」しながら何か言いたそうな女官イースさんだったけど、
特に気に留めず速足で最南宮殿を後にした。
――宮殿を出ると、そこは人であふれかえっていた。
警備兵などの武系の人、商人や農民の人、精霊や魔法を操る魔系の人――
それぞれが毎日の生活を営んでいる。ずっと続く、変わらぬ日々。
いつもなら特に意識することはないが、今日は女神様に会いに行くのだ。
だからこそ、改めて思いを巡らせてしまう。
私たちの女神様――『生命の女神リレアス』様。
もう少し幼かった頃、兄たちに連れられて幾度かこの帝都中央へ来たことがある。
兄たちは武系の人であり、特に女神様を崇めていたため、
私にもさまざまなことを教えてくれた。
兄さまから聞いた話の中で、今でも特に印象に残っているのが――
この女神堂は帝都の中心だからここに作られた訳ではない。
すでにここに女神像があったからこそ、それを囲むように『ユキノキ国』が築かれ、
さらに同じ場所に『アメノシラバ帝国』が建国された。
その結果、今では二つの国が混ざり合うモザイク国家となっている。
これから向かうのはその女神堂。もうすぐ到着する。
女神堂の屋根が見えてくると、胸の奥にじんわりと熱が広がった。
自然と歩みもゆっくりになってきた。
「女神リレアスさま……」
最近はないけれど、私が子供の頃には、
目の前で獣種に嚙み殺されたガ紅兄さまの《復活》を願った事もあった。
今は、どれだけ願っても《復活》が叶うわけではないと知っている。
でも、あの頃の私は、ただひたすらに祈ることしかできなかった。
碧り佳姉さまに女神信仰の事をもっと教えてもらおうかしら?
女神堂に近づいて行くと、そんな気持ちがあふれて来た。
正門に着いた私は、息を整えた。
門前の通りの大勢を背で感じる。その人々はそれぞれの目的を持って歩んでいると思う。
私の目的はここだ。門兵はいないから、自分で側門を開けないといけない。
少しだけ深呼吸をして、緊張しながら扉を開けた。