134話:あれ?あの子気づいていないのかな?
こんな場所に通じているなんて――誰も、思わないよね。
最初は、まわり中が山に囲まれているのかと思った。
でも、そうじゃなかった。
私がいるのは、どうやら谷底――しかも、ずいぶん深い。
足元には、古びた白い石。崩れた柱。
全部、植物種の浸食でぼろぼろになっている。
たぶん、ずっと昔にここには誰かが住んでいたんだろうけど、
そもそも最初から、こんな場所に町を作るなんて無理がある。
地形そのものが、あとから変わってしまったのだと思う。
山が沈んで。大地が裂けて。
そして、誰もがここを忘れたみたいだった。
もし、普通の人がこんな場所に送られたら――
余程の装備でもなければ、崖を登るどころか、
横に進むことすらできなかったはず。
背の二倍、三倍はある岩がテーブル状に重なっていて、
跳び登れなければ、この谷底で行き倒れるしかない。
私は、ぴょんぴょんと岩を飛び乗り越えながら、
「どこから抜けられるかな」と、次に跳ぶ場所を探していた。
イムナイさん……本当に、何を考えてここに送り出したのよ。
なんなの?こんな場所。
やっぱり――罠?
……はぁん。もう、ほんと、どうしたらいいのよ。
誰もいないと思って、大声で叫んでみた。
「どうしたらいいのよ~~!」
「瑠る璃、あっち見てみて。登っていけそうだよ」
ユメの声が聞こえた。
――えっ?
気づけば、また“小さな子”の姿になったユメが、
私の肩の上にちょこんと座っていた。
髪を握って、足をぶらぶらさせながら、
その細い腕をまっすぐ向こうへと伸ばしていた。
彼女が指さす先――そこは、さっきまでただの崖だと思っていた場所だった。
でも、よく見れば……その表面には、うっすらと“構造”があった。
ただの岩じゃない。建物の壁――そう思える輪郭が浮かび上がっていた。
だったら、ところどころに空いている穴は――窓?
そう考えて、その暗い窓のひとつをじっと見つめてみた。
中は、たしかにどこかへ通じている。
ただの穴じゃない。建物の中。道のような、空洞のような……
ユメの言うとおり、あそこを使えば上へ登っていけそうだった。
ここも――古城なのかな。
コーク先生がいたあのお城の、別の“面”なのかもしれない。
近くの“窓”から中へ入ると、
外とは空気がまるで違っていて、日が差さないせいか、
ひんやりと寒さを感じた。
やっぱり、ここは部屋……というより、大きな空間。
でも、中にあるのは土と埃だけ。がらんとしていて、何もない。
私は上階を探しながら、ゆっくり歩いていた。
――と、少し先で、埃がふわりと舞っているのが見えた。
何の音もしないし、気配もない。
偶然、何かが落ちたのか、それとも空気の流れか……
でも、だったら――誰かいてくれたほうが、ちょっと楽しいかも。
そんなことを考えながら、私はそちらへ向かって、
ぽんぽ~ん、とスキップしてみた。
……“その目”と、目が合った。
私と同い年くらいの男の子だった。
でも、その身体はうっすらと透けていて――人じゃないって、すぐ分かった。
一瞬、「まさか……!」って驚いたけれど、
同時に「やっぱり!」という好奇心も湧いてきて、
心の中ではけっこう焦っていたと思う。
でも、それ以上に慌てていたのは、向こうのほうだった。
今の私はすっと落ち着いてるように見えるけど――
その男の子は正反対で、明らかに慌てていた。
きょろきょろと周囲を見回して、まるで逃げ場を探しているみたいだった。
「ねぇ落ち着いて、ここの子なのかな?私は今迷子なんだ」
さっきまでの慌てぶりはどっかに行って、
ぴたりと動かなくなって考えている様だった――
ん?
男の子の透き通った身体が、さらに透明になっていく――
まるで、空気に溶けていくみたいに。
一瞬、「消えちゃうのかな」と思った。
実際、“ほとんど”見えなくなっていた。
表情も輪郭も、もうはっきりとは分からない。
それでも、そこに“誰かがいる”ことだけは見えていた。
どこかへ向かうように、彼は動いた。
優しい風が吹くみたいに、静かに――でも、たしかに。
もし最初からこんな姿だったら、きっと気にもしなかったと思う。
でも、もう“見えて”しまったから。
私は、ほとんど見えないその背中を、追いかけていくことにした。
【後書き】――writer I
この話では、何かとてもはっきりしないもの――
幽霊のような存在、かつての町、谷の底に沈んだ記憶――
そういう“あいまいなものたち”と、瑠る璃が向き合うことになります。
彼女はまだ、自分が何を求めているのか明確には分かっていません。
でも、「見えてしまったから、追いかけてみよう」
と思えるだけの感性と行動力が、確かに彼女の中にはあります。
幽霊の少年が何者だったのか――
“見えてしまった誰か”がいる限り、
物語はもう少しだけ、続いていきます。
読んでくださって、ありがとうございます。
また、次の一歩で会いましょう。