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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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133話:私が付けた名前イムナイさん

名前も知らないこの人には、もともと血がなかったのかな?

そう思えるほどユメには、一滴の血もついていなかった。


ユメの刀身はシンプルな直刀で、

両面見ても埃ひとつ付いていなかったので、

そう言う能力を持つ魔法剣なのかもしれなかった。


鞘に収めたユメの刃――

思えば、この空間はひどく静かだった。


《復活》が始まり、体が消えていく。


その音が、かすかに聞こえた気がした。


それは、何を言っているのかわからないほどのささやきに似ていた。

あるいは、帝都の喧騒を遥か遠くから聞いているような――そんな音だった。


その音に混じって、人の足音が聞こえた。


振り向くと、こちらに歩いてくる人――

シンプルなローブに身を包み、フードを深くかぶった人物だった。

帝国の魔法使い。よくある、その“標準的な姿”。


……逃げたほうがいいかな?

ここに現れるなんて、偶然のわけがないよね。


そんな考えが浮かんだけれど――


そのローブの人物は、まるで私がそこにいないかのように、

まっすぐお墓の前に立った。


「クラカフ……」


そうつぶやいて、男はフードを下ろした。

現れたのは、中年の男性だった。


彼はお墓を――さっきまで“誰か”がいた、そこを――

じっと見つめ続けていた。


私も、なぜかこの場所の寂しさに引き込まれて、

言葉を飲み込み、動くことが出来なかった。


やがて、男は静かに言った。


「クラカフの楔を外してくれて、ありがとう」


私のほうを見て、深く頭を垂れた。


「君は、見た目どおり若いみたいだね。そして……私の知らない魔法使い。

他世界から来たのかな?――いや、すまない。それはどうでもいい話だったね」


やっぱりこの人も、私のことを魔法使いだと思っている。

そして、他世界の存在かもしれないと――


……なんだか、自分が誰なのか、わからなくなりそうだった。


「ひとつ、教えてほしいことがあるんだが……いいかな?」


「はい」


私はそう言って、静かにうなずいた。


「私とクラカフはね――あと数年で、二百歳になるんだ。

まあ、私の見た目だけじゃ、そんなふうには到底見えないだろうけどね」


以前にヴェルシーから聞いた事がある。

帝国魔法使いの中には不老に近い人がいると。

それに近い未来に本当の不老不死が現るような話もしていたような……


「ただ私は、見た目どおりの考え方しかできないようでね。

つまり……クラカフ爺さんの考えていたことが、

もうわからなくなってしまったんだ。

……わかるかい? 私が言っていることの意味が」


私はうなずいてから、考え込んだ。


ユメに導かれて、この場所に来て――

クラカフさんを《復活》させたのは、たしかに私の意思でもあるけど、

でも、半分は……ただの成り行きだったと思う。


……つまりそれは何故なのか知りたいのかしら?


もしそうなら……

今までなら「クラシェフィトゥを見つける」だけで十分だったのに、

私も、“どうして自分がそうしたのか”を、ちゃんと知りたくなってきた。


「ごめんなさい。私、まだどうしてここにいるのかも分かっていませんでした」


「ヌハハハァ。若いな――私もそれを求めていたはずなのにな……」


思いふけったあと男性は続けた。


「では改めて頼む。その”訳”が見つかった時、私にも教えて欲しい

報酬は私が出来うることならなんでもいいぞ、取って置きの魔法があるからな」


そう言って、アドレスも口頭で伝えられた。

どうやら、それが一番“失くさない方法”らしい。


「大切な名前だって、ここではちゃんと覚えていられるからね」

そう言って、彼は自分の頭を指さしながら、また笑っていた。


「あ、そういえば……お名前、聞いてないんですけど?」


「ふむ、君が考えればいい。そのアドレスも、君専用にしてあるからね」


「ふむ?名前、ね……イムナイでいいかしら?」


「勿論だとも――」


イムナイさんは、さっきからずっと楽しそうにしていた。


「それと――」


私たちから見ると何もない“天”の方向、

あの辺りに一番近い出口があるらしい。そこから出なさい、と言われた。


最近の私は、どうやら表情に出やすいみたいで、

「罠だったらどうしよう?」なんて顔をしてたのかもしれない。

でも、今の状況を思えば、罠だとしても大したことじゃなかったかも。


イムナイさんは、そんな私の顔を見て、

やたらと褒めてくるし、楽しんでいた。

私を見ていると、“昔”を思い出すらしい。

私にはその“昔”が分からないけれど……前にも、誰かに言われた気がする。


石畳みが続く道の向こうに、点滅する光がいくつも見えた。

しかも、こっちに近づいてきているようだった。


それを見たイムナイさんは、軽く手を振りながら言った。


「さあさあ、行った行った!」


追い払うような調子でそう言うと、

「じゃあ、頼むよ」とだけ残して、

イムナイさんは点滅する光の方へ歩いて行ってしまった。


本当は――誰だったんだろう。

でも、それはもうどうでもいい気がしていた。

私はあの人に、名前をつけた。それだけで、たぶん、忘れずにいられる。


どこかでまた会うかもしれないし、もう二度と会わないかもしれない。

でも、イムナイ――この世界のどこかに、ちゃんとその名はある。


「……行こう」


私は言われたとおり、空の出口に向かって――

ぴょん、と跳んだ。

【後書き】――writer I


今回、瑠る璃は「名もなき誰か」に、イムナイと自分で名前をつけました。

意味も、由来も、まだ彼女の中にはないかもしれません。


彼とのやり取りの中で、「自分がなぜそうしたのか」を考え始めた瑠る璃。

それはこれからの旅にとって、きっと意味を持ってきます。


名をつけることで、誰かを形づくる。

始めの一歩なので慎重に行きたいですが難しいですよね。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

この先、瑠る璃がどんな“訳”を見つけるのか。

イムナイさんに伝える日は来るのか。気長に見守っていただけたら嬉しいです。

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