表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/179

132話:進めばいいの?戻ればいいの?

「どこの魔法使いさんなのかは知りませんが、

この場所は貴族院直轄の領地なので、退出をお願いします」


……“貴族院”なんて制度、私の国にはない。

アメノシラバ帝国にあるってことは知っていたけど、

それについての勉強はしていないから、何もわからなかった。


とりあえず、うちの国――トール国では、

強制的に”除去”して《復活》を待ってから裁判、という流れが通例だった。


つまり、今この状況でそれができない理由があるのかな?


それとも、帝国ではこういう衝突に対して

《復活》の力は使わない制度だったっけ?


……結局、私にはまだ判断する材料がなかった。


「私はクラシェフィトゥを探しているの」


それから私は、なぜここにいるのかを細かく話した。

小さな子になったユメも、使い魔の黒猫さんたちも、

何も言わずに聞いてくれた。


やがて、ひとりの黒猫がぽつりと口を開いた。


「……あなたは本当に魔法使いなのですか?

古代魔法学院でここのルールは教わっているはずですが――

まさか、他世界の者……?」


「私、魔法使いだなんて言ってませんけど……」


どうやら、疑われているようだった。


黒猫たちは、互いに不穏な空気を漂わせていた。


「執行します――まずは、正体を確かめさせてもらいますよ」


たくさんいた黒猫のうち、三匹が呪文を唱え始めた。

足元の石畳にも、空間にも、光の紋が立方体を描くように走り、

私のまわりを囲んでいく。


詳しい呪文は知らないけれど、この状況と、

なんとなく耳にしたことのある響きから考えても、

たぶん――これはディスペル。


ヴェルシーがいつもかけてくれている防壁だって、

このままじゃ防ぎきれない。

私にも、それくらいのことはわかっていた。


そう、そのままだったら――


集中している時の私には、何でも見える気がする――

今、私を取り囲んでいく文様が、ゆっくりと描かれていくのがはっきり見えた。


一文字、一文字と浮かび上がっていく光の紋。

けれど、その描かれる速さに比べて、

私の体から湧き出してくる靄のようなものは、一体どれだけ速いんだろうか。


広がっていく靄が通ったあと、迷路のような壁が見えた。

その迷路で迷う靄――その中の一筋が、出口に到達した。


途端に、黒猫たちを包み隠した。


靄の中で彼らの姿が歪み、やがて血煙のように散って、

最後は靄とともに、音もなく消えていった。


気がつくと、私の周囲にあった文様も、すべて消えていた。


何が起こったのかは、すべてわかっていた。

だけど――なぜそうなったのかは、一つもわからなかった。


気づけば、さっきまで小さな子の姿だったユメは、

いつのまにか短剣に戻っていた。

しかも、ずっと前から手に握っていたような、そんな感覚だった。


……え? なんで?


戸惑っていると、先ほどのお墓の方から、

何かを引きずるような音が聞こえてきた。


……お墓が動いている?


お墓なんだから、そこには死んでいる人がいるのかしら?

それとも……生きているの?


結局、初めからあった興味に勝てず、私はそっと覗き込んだ。


そこにいたのは、全身を徹底的に拘束された“誰か”だった。

たぶん、男性――そんな印象はあるけれど、性別すら曖昧に見えるほど、

身体のほとんどが装置に覆われていた。


四肢には太い拘束具が巻かれ、微動だにできないように固定されていた。

無数のコードと透明なチューブが身体中から伸びていて、

そのいくつかは皮膚を通り越して、直接体内に差し込まれているようだった。


頭部は金属の仮面のようなもので覆われていて、

わずかに見えていたのは――口元だけだった。


でもその口も、動かせないように固定されている。

かすかに皮膚があるとわかるのは、そこだけ。

肌の色も温度も、もう“人間”だったかどうかも曖昧になっていた。


この拘束の中で、私が触れて確かめられそうなものは、

口元にわずかに見えていた、それだけだった。


何かが――口の中に、差し込まれている。

喋れない理由は、きっとこれだ。


ゆっくりと指をかけて、そっと引き抜いてみた。


――体内から、一本の根がずるりと引きずり出された。

植物種のような芯から、白く細い根が何本も伸びていて、

その先端が微かに動いていた。生きていた。


「も、もう……ぐぅぅぁ……」


この人は、何かを言おうとしていた。

でも、出てくるのは悲鳴にしか聞こえない声だった。


私は――なぜか、ローズさんを思い出していた。

トキノ先生のように転生はできないかもしれないけれど、

この世界の住人なら、《復活》はできると思った。


だから、迷わず手に持ったユメを――

確実に、深く突き刺した。


悲鳴が止まった――

【後書き】――rururi


あの人、苦しそうだった。

でも、助けたかったとか、優しかったからじゃないと思う。

ただ、あのままにしておけなかった。


何が正しかったのかは、今でもわからない……



【後書き】――writer I


この回は、読者にも登場人物にも、

はっきりとした「正解」を提示しない構成にしています。

精神世界と現実、法と情、そして“力”の行使。

その境目が曖昧な状況で、瑠る璃は「判断」ではなく「行動」を選びました。


この行動がどんな結果をもたらすのかは、まだ描かれていません。

けれど少なくとも、“迷いながらでも進む”というのは、

彼女らしい選択だったと思います。


あの黒猫たちが何者だったのか、

拘束されていた“彼”は誰だったのか、

少しずつ、次回以降で明らかになっていく予定です。


読んでくださって、ありがとうございます。

この先も一緒に、迷ったり、選んだりしていけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ