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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
135/179

131話:黒猫さんがたくさんだね……

進むにつれて、建物同士の間隔が広がっていった。


背景は、もう『非物質界――アストラルプレーン』特有の、

“何もない”景色に変わっていた。


時間と距離の感覚が曖昧なその世界で確かなものは、

ぽつんぽつんと建っている家と、それを繋いでいる石畳の道だけだった。


いきなり、すぐそばの家に明かりが灯った。

一瞬ぎょっとしたけれど、すぐに笑い声が聞こえてきた。

家族の団らんのようだった。


私はそっと近寄って、窓の端から少しだけ中を覗いてみた。

テーブルには、四人分の夕食がきれいに並べられていた。


スープから湯気が立ち、焼かれた肉にはこんがりとした焼き目。

グラスには赤い果実のジュース。

テーブルを囲む声は、楽しそうに食卓を盛り上げていた。


「お父さんそれ取りすぎ」


「あっ、それ僕の!」


「いいじゃないかひとくちだけ」


くすくすと笑い合う声。笑い声。皿の音。椅子の軋み。


けれど、ふと気づくとそこには誰もいなかった。


声がしたはずの椅子には誰も座っておらず、

食事もまったく手つかずのまま、

マジックキャンドルの光だけが静かにゆれていた。


奇妙さに突き押されるように、その家からすぐに離れた。

窓から、何か不思議な感覚が静かに湧き出していて、

それが私を包み込んでくるようだった。


ここはもう精神世界なのだから、

考えうる限りの“ありえそうなこと”が起こっても不思議じゃない。


……だけど、本当にこの世界にクラシェフィトゥはいるのかな?


手に持ったユメに、ぽつりと語りかけていた。


え?

手に持っていたユメが、人の姿になっていた――


……人と言っても、手のひらにちょこんと乗るくらい小さくて、

背中からは柔らかそうな布のようなものがふわりと伸びていた。


それが何なのかもわからず、私はただ、言葉も思考も追いつかないまま、

時の流れからふっと外れていた。


それは絵本の中でしか見たことのないような、

ちぐはぐで、美しい、どこか懐かしい光景だった。


「ちょっとちょっとぉ〜! 早く離してよね!」


その小さな、小さな子が、はっきりとしゃべってきた。


手のひらから小さな子をそっと離すと、

背中から伸びた、長さの違う数枚の布が一斉にふわりと広がった。


それに引かれるようにして、ふわりと空へと浮かび、私の手を離れていった。


「早く行かないとダメなんだからね。私について来て!」


どうして私は、ずっと石畳に沿って歩いていたんだろう?

ここは精神世界。飛ぶようにどこへでも行けるはずなのに、

すっかり忘れていたようだった。


「それと、家に近づかないでね。あぶないのよ。“殺されに”来ちゃうからね」


……そ、そんな人がいるんだね――


以前、碧り佳お姉さまに聞いたことがあったような……

でも、思い出すのは今じゃない。


今はまず、この小さな子が見えなくなってしまわないように、

しっかり目を離さないでいなきゃいけなかった。


追いかけているうちに、見たことのない土地が見えてきた。

ユメはそこに向かって、迷いなく飛んでいるようだった。


最初は建物でも建っているのかと思った。

けれど近づいていくうちに、それがもっとずっと小さくて、

けれど大きな意味を持つものだとわかった。


私の背丈の半分ほどの、多様な形をした彫像のようなものが、

いくつも並んでいた。


「これは、お墓なのよ……」


ユメがそう言った。どこか悲しげな声だった。

彼女はそのお墓の間を、縫うように飛びながら、どこかへ向かって行く。


これがお墓……なのね。

私の世界では、お墓は建物の中にあるものだった。


こうして広い土地に並べられているのも、別におかしくはないのかもしれない。


ただ、人口のせいなのかとも思ってみた。それとも、何か別の理由あるかな?


そんなことを考えていると、ユメが一つのお墓の前でふっと止まった。

どうやら、そこが目的地だったらしい。


私もそっと近づいて、そのお墓をよく見てみた。

まず、名前がどこにも書かれていないことに気づく。


……そっか。周囲には同じ形のお墓が一つもなかった。

それぞれの形自体が、名前の代わりなのかもしれない。


「クラシェフィトゥと出会うには、

この中にいる“彼”を“殺さないと”いけないのよ」


その言葉に、思考が止まった。

お墓の中にいる人は、生きているの? それとも、死んでいるの?

首を傾げて考えていると――


「ほら、早くしないから。あいつらが来ちゃった」


え? あいつらって、あの黒猫さんかな?

そう思ったのは、一瞬だけだった。


奥にも、左右にも――後ろにだって。

使い魔である黒猫さんたちが、たくさん、私たちを囲んでいた。

【後書き】――writer I


今回は、現実とは異なる空間――『非物質界』の中で、

少しずつ境界が曖昧になっていく感覚を描いてみました。


“存在しないはずの家族の食卓”や、“名前のないお墓”、

そして突然現れたユメの小さな姿――

すべてが真実とも幻とも言い切れない世界の中で、

瑠る璃は相変わらず、まっすぐ前に進んでいます。


そして、囲まれてしまった瑠る璃。

この章は、次への静かな引き金でもあります。


読んでくださって、ありがとうございます。

次回、何が起きるのか――私自身も少し楽しみにしています。

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