129話:ユメと一緒にいくよ
「お姉さんに心当たりがあるから、一緒に探そうね」
そう言ってくれた店員ユメ篝さんは、とても優しかった。
まるで、本当に私のことを“妹”みたいに気遣ってくれていた。
今、手にしたばかりの“友”を失くしてしまうなんて――
そんなこと、ある? あって、いいの?
自分の腕の長さくらいはある短剣。
いくら軽かったとはいえ、もし落としたのなら、気づかないはずがなかった。
――盗まれたのかも。
そう思った瞬間、全身の血が、少しだけ熱くなった。
もしそうだとしたら――返してもらえばいいだけ。
でも、それは簡単な話ではない。きっと、回り道が必要になる。
……はぁん。どうしてくれようかしらね?
店員ユメ篝さんと私が歩いているのは、大通りに直角にのびる裏路地だった。
しばらく歩いた先に、その場所はあった。
「ここは、私のおじいちゃんの家なの。
子供のころから、あの短剣の話は何度も聞いていたけど、
ただの作り話だと思ってたの。
でもね、瑠る璃ちゃんに会って思ったの。本当の話だったんだって」
彼女が扉を開けると、
そこには骨董品が天井近くまで積み上げられた部屋が広がっていた。
棚からあふれた道具の山は細い通路を残して折り重なり、
通るたびに何かがカタリと揺れる。
古びた仮面、色の褪せた巻物、七色の時計のような装置――
どれも“何かの昔話”を語りかけてくるようだった。
「おじいちゃ〜ん、いる〜?」
「おう、どうしたね」
返事とともに奥の戸が開いて、背の高い、少しぼさぼさ頭だが、
声には張りがあり、快活な老人が出て来た。
「実は、相談があるの……」
店員ユメ篝さんはがそう切り出し、
クラシェフィトゥのことを真剣な表情で語り出す。
話しているのはほとんど彼女だったけど、
おじいちゃんは「うむうむ」と頷きながら、静かに聞いていた。
やがて、おじいちゃんは急に立ち上がって
「ちょっと待ってなさい」と言い残すと、
奥からどことなくクラシェフィトゥに似た短剣を手に戻ってきた。
「わはは、篝。ようやくわかるようになったかね。
この“ユメ”とお前の言っていた“メネル”は、
もともと対になっていた短剣なのだよ。
――そうだ、お嬢ちゃん。“代わりの物”は、もうもらったかい?」
……え? 代わりの物?
それが何を指しているのか、私にはまったくわからなかったけれど――
少なくとも、私は何も“もらって”はいなかった。
「それなら、お嬢ちゃんと“別れた”わけじゃないよ」
おじいちゃんは、軽く笑いながら言った。
「すぐまた出会えるさ。だから、待っていればいい」
その言葉を聞いて、私は少し安心した。
でも、どこまで信じていいのかはわからなかった。
……というか、今の私は「待つ」のが嫌だった。
「今すぐにでも、会いたい」
そう言った私の声に、ちょっと驚いたような顔をしたおじいちゃんは、
手に持っていた短剣――“ユメ”を、私に差し出した。
「お嬢ちゃんは旅に出るんだろ?
だったら、そいつと一緒に行けばいい。
“メネル”は……すぐに見つかるさ」
その言葉を聞いて、私はなんとなくわかった気がした。
「……おじいちゃんが“メネル”と別れた時に、もらったのが“ユメ”なのね」
言うと、おじいちゃんは大きく笑った。
「おお、篝よりもずっと賢いじゃないか、まったく……!」
そう言って、照れ隠しのように笑いながら、
「よし、久々に酒でも飲むぞ!」と声を張り上げて、
店員ユメ篝さんを捕まえてはなそうとしなかった。
「おじいちゃん、ダメだって。私は一緒に探さないといけないんだから……」
「もう“お前”は一緒だろ、わからんか?
――それに、お前がついて来たら邪魔になる」
その言葉を聞いて、私はすべてを理解した。
店員ユメ篝さんに向き直って、お礼とさよならを伝える。
「そっか……私、役に立ててよかった。
おじいちゃんが言うには、“ユメ”が引き継ぐってことみたいだし……
信じてあげてね」
「うん」
それだけ言うと私は小さく手を振り返しながら、
ふたりに見送られて骨董店をあとにした。
【後書き】――writer I
この節では、「クラシェフィトゥ」との別れと、「ユメ」との出会いを描きました。
何かを手放すことで、次に出会えるものがある。
そういう転換点を、瑠る璃は少しずつ、でも確実に踏んでいます。
骨董屋のおじいちゃんの言葉は、どこまで本気なのか、どこからが冗談なのか――
その境目が曖昧なままなのも、たぶんこの世界らしさです。
“ユメ”という存在が、今後どうなっていくのか。
それはまだ、書きながら私も探っているところです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
よければ、この先ものんびりついてきてもらえたら嬉しいです。