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彼女の∞と私の零と  作者: イニシ
第八章:少女一人
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128話:いなくなった……

あぁ……もう、空を見上げるしかなかった。


さっきまでは、ただ一緒に歩いていただけだったのに――


気づいたときには――

彼女はいなくなっていた。


最初は「まさか」と思って、自分の体をくまなく探ってみた。

でも……そんなところにいるわけがない。


道端も、周囲の草むらも――

どこにも、“彼女”の姿はなかった。


腰には、鞘だけが残っていた。


クラシェフィトゥが消えたことに、最初は気づけなかった。

――だって、重さなんて、最初からほとんどなかったから。


でも、あの“在るはずの気配”が消えていた。

それに気づいた瞬間、私はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。



私の旅は終わった。

そう思った。

さっき旅出でようと思った初めは、彼女の事はまったく考えていなかったのに、

今となっては彼女がいない旅なんて考えられないよね……あ~ぁ。


とぼとぼと下を向きながら歩いていると、ふいに声を掛けられた。


クラシェフィトゥ――まさか、人の姿になったの?

ほんのちょっとだけ、そんな馬鹿なことを考えてしまった。


顔を上げると、そこにいたのは、先ほどの総合装備店の制服を着た女性だった。

胸元には、小さな店章と、整えられた髪がきれいに揺れていた。


「もしかして……先ほどの短剣が“いなくなった”のですか?」


その言葉は、私の気持ちにぴたりと寄り添ってきた。

彼女はただの確認ではなく、本当に心から――

心配そうに、そしてどこか悲しげに私を見ていた。


「私はユメ篝と言います。

総合装備店《城》で働いているんですよ」


「あ、そ……そうなんです。クラシェフィトゥが……いなくなっちゃって……」


声が震えていた。

折角出会えた“友”のためなら、私、なんでもするって――そう思ってた。


ユメ篝さんは、私の顔を見つめたまま、ふいに視線を外した。

何かを迷っているような、悩んでいるような沈黙。


「……うん、いいわ。あなたにだったら、教えてあげる」

「でも、他の人には絶対しゃべっちゃダメよ? 約束、できる?」


私は静かに――けれどはっきりと、うなずいた。


「じゃあ、一度お店に戻ろうね」


私のことを、だいぶ子供だと思っているのかもしれない――

ユメ篝さんは、そんなふうにやさしく接してくれるお姉さんだった。

でも今の私は、彼女に頼るしかなかった。私は黙って、後ろをついていった。


総合装備店《城》の入口を通り抜け、

一般客の目には入らない通路を進んでいく。

階段を上がって二階へ――そこには、スタッフ専用の空気が流れていた。


無機質な事務室の隣、

大きめのパーテーションでゆるく仕切られた応接スペースがあった。


床には薄い模様の入ったカーペット。

壁際には小さな本棚と、使い込まれた大壺。

背もたれの大きなソファーに腰を下ろすと、

少しだけ、緊張がふっとほどけたような気がした。


店員ユメ篝さんは、私の前にそっと飲み物を置いてくれた。

細い足のグラスには、アイスがひとつ浮かんでいて、

その表面はうっすらと汗をかいていた。


一口飲んだら、はぁん……

私の心の中の“大汗”が、少し引いていくような気がした。


そのとき――


「おや?先ほどのお嬢さん……どうされましたかな?」


穏やかだけど、印象的な声がした。

クラシェフィトゥを買うときに対応してくれた、あのおじさまだった。


店員ユメ篝さんが立ち上がりながら、彼に向き直る。


「こちらのお嬢さんが……あの短剣を、失くされたみたいなんです」


そう言ってから、少しだけ私の方を心配そうに見た。


「いなくなったの――私のクラシェフィトゥ」


私は、もう声を出しているのかもわからないくらいの小さな声で言った。

でも――おじさまには、ちゃんと届いたようだった。


「ほぅ、ほぅ……」


彼はそう呟きながら、隣に立つユメ篝さんの方に視線を向けた。

軽く顎に手を当て、何かをゆっくりと思案するように目を細める。


しばらくの静けさ――

それは、私の胸のざわつきと同じくらいの深さだった。


「いいと思いますよ、ユメ篝くん。ただし――

わかっていますね? 今は忙しい時世です。

夜までには、必ず戻ってきてください。」


「……あ、はい。わかりました」


ユメ篝さんは、許可が下りたことよりも、

時間を限られたことのほうに緊張しているようで、

少し硬い表情になっていた。


「しっかりやりなさい」


おじさまはそう言って、ユメ篝さんには少し強めの口調を残し、

私にはやわらかな笑顔を向けると、静かに応接間を出ていった。


「じゃあ、私は準備してくるから――それ、ゆっくり飲んでてね。

そうだ、お嬢さん。お名前は?」


「……瑠る璃です」


……あっ。別の名前を言っておいた方が、よかったかな?


旅に出る前に、そういうことも考えておけばよかった。


名前だけでも、もし母さまに伝わる事になったら――

確かめに、探しに来るかもしれない。


……あぁ、面倒なことにならなければいいけどな~。

【後書き】――writer I 


クラシェフィトゥは、いなくなってしまいました。


「失くした」より「いなくなった」のほうが、しっくりくる気がしたのは、

瑠る璃の中で、まだ“考え方”というものが

ちゃんと形になっていないからかもしれません。

彼女の世界は、半分は想像や妄想でできています。


そんな彼女の前に現れたのが、大人の「ユメ篝さん」。

この物語の中で、少しだけ道しるべのような役割を果たしてくれる存在です。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

次もまた、のんびり楽しんでもらえたら嬉しいです。

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