127話:クラシェフィトゥと一緒に……
私は最初、秋り守母さまに、
弦ギ父さまが今どの辺りの荒野にいるのかを聞こうと思ってた。
でも、母さまにそう簡単に教えてもらえるはずがなかった。
きっと「旅に出たい」なんて言ったら、
ちゃんとした理由を話すまで、家からは出してもらえなかったと思う。
……私のことを心配してくれているのはわかってる。
でも、いまは――いまだけは、説明なんていらなかった。
この世界が騒然としている今――
父さまの命を受けて、
兄さまたちは他国との外交であちこちを、
飛び回っているから聞いても意味がなさそうだった
――そうか。直接、父さまに会いに行ってしまえばよかったんだ。
何も考える必要なんてなかったのに――
なんだ、そんな簡単なこと。
でも、なんでこんなに考えすぎてたんだろう。
……きっと、誰かに許可をもらわないといけない気がしていたのかも。
……気づいたら、お昼を過ぎてので、
ふぁーん、とたっぷり息を吸うってちょっとだけ休憩した。
お腹は空いてないしこのまま続けてしまおうかなー。
旅に出るには、何がいるんだろう?
あれこれ考えながら、ふと思い出したのは――
勇者ロテュとレラの、最初の旅の姿だった。
あの二人、装備らしい装備なんて、最初からほとんど持ってなかったよね。
倒した相手から、必要なものを奪って……
うん、まあ、私はあれはちょっと……参考にできないかな。
魔法生物キューちゃんがいればきっと一瞬なんだろうけど、
……でもキューちゃんは、私用で呼ぶような存在じゃないよね。
どうすれば来てくれるのかだって、ちゃんと知らないし……
……でも、いいんだ。
このくらいのこと、自分でやってみなきゃ。
誰かに任せてばかりじゃ、何も進まないって知ってるからね。
だから――ひとりで行くことに決めた。
適当に選んだ服に着替えて、リュックにもう二着詰めて背負ってみる。
鏡の前に立った私は、少しだけ違って見えた。
ほんのちょっとだけ、旅人の顔をしてた。……ような気がした。
空の花の部屋から、地上にある私だけの内室に降りる扉。
こうして当たり前みたいに通ってるけど――考えてみれば、
やっぱり不思議なものよね。
帝都の近くにしかないし、ヴェルシーが普通に使ってるのを見る限り、
たぶん古代魔法なんだろうけど……
精霊魔法と比べると、あまりにも複雑すぎて……ほんと、よくわからない。
というか、わからないと言えば、
どうして私は、今さらこの扉に興味を持ってるんだろう?
……それすら、自分でもわからなかった。
内室から外へ出るとき、女官のイースさんがいれば、
一緒に行ってもらえるかもしれない――そう思ってみたけど、
今、彼女は親戚のシュオンくんを助けるために、
西方で大勢の救出隊のひとりとして頑張っているはずだった。
……そういえば、私に新しい女官さんって、ついてたのかな?
もしそうなら、最初から「いりません」って言っておけばよかったかも。
言伝くらいは頼めるかと思ってたけど、今日に限って誰にも会えなかった。
帝都の大通りは、今日も変わらず人であふれていた。
すれ違う人の熱気と声に包まれていると、つい、心の中で叫んでみた。
――なんでこんなに人がたくさんいるの。
……みんなそう考えているよね?
……だけど私だけしか考えていない事もある。
「これから旅に出るから、”あれ”を買わなきゃ」
なんて考えてる人は、私くらいかもしれない。
向かったのは、大通りでもひときわ目立つ建物。
武系向けの店で、一階と二階には品質と値段が売りの、
鎧や防具がずらりと並んでいて、三階には種類豊富な剣が展示されている。
私は迷わず、さらにその上――四階のVIP向けフロアへと足を運んだ。
リングウォレットをかざして専用の扉を通ると、
すぐに目に入ったのは、まるで武具の展示そのもののような装備をまとった、
二人の警備員だった。
この階の武器は、一振りずつ専用のケースに収められていて、
勝手に手を触れることはできない。
でも、私は何を買うかを悩みに来たわけじゃない。
もう――欲しい物は最初から決めていた。
長剣の陳列を通り過ぎ、少し短い剣が並ぶエリアへと向かう。
もしかして、誰かに先に買われてしまったかも……?
そんな不安が、一瞬だけよぎった。
――でも、それは杞憂だった。
あった。”私の短剣”。
初めてこの剣を見たとき、私はまだもっと小さくて、
このサイズですら“大きい”と感じていた。
でも今は、もう平気。
それに――値段も、今の私ならちゃんと払える。
「これを買います!」
そう告げると、店員のおじさまは余計な言葉を挟まず、すぐに私を専用の小部屋へ案内してくれた。
ここでは、実際に装備して感触を確かめたり、希望があれば値段の交渉もできるようになっている。
でも、私はもう――一刻も早く“この短剣”が欲しかった。
定価でかまわなかったし、いますぐ、このまま持って帰りたいと伝えると、
店員さんは私の体に合う装着具を用意してくれた。
「こちらの短剣は、お値段に見合う”一振り”です。きっと後悔はありませんよ」
その口調は丁寧だけど、どこか私を知っているような、そんな響きがあった。
私はこのおじさまのことを覚えていなかったけれど――
彼はどうやら、私のことを知っているらしかった。
装着具を身につけ、腰に短剣を差してみる。しっくりと馴染む感覚。
まるで、最初からここにあったかのように自然だった。
そのとき、おじさまが教えてくれた。
この短剣に、太古から伝わる「友」という意味の名がつけられていることを――
「クラシェフィトゥ」
私はそれを静かに、ひとり言のようにつぶやいた。