マナの材料ってなんでもいいのかな?
いつもの覚醒夢の中にいた。
ヴェル君。ヴェル君。君は本当にいい子なのかな?
たった一粒の飴玉だけで満足できる魔法食を出してくれたし、
微かな香りと触り心地のよいベッドで熟睡できる。これも魔法のベッドなのかしら?
ヴェル君はすごい魔法使いみたいだけど、どうして私と友達になろうと思ったの?
私の秘密に関係があるのかな?
そういえば、私には魔法耐性がまったくないって本当なの?
つまり、命令されたら逆らえないし、魅了をかけられたら抗えない。
自由を奪われることだってできるし、孤塔の頂上に幽閉されてしまうことも……。
――それって、今の私じゃない!!
はっと目を覚ました。
私はきょろきょろと辺りを見回す。
ヴェル君がいない?
ベッドの端に円形のお風呂。大量の花びらが浮かぶ湯船になっていた。
けれど、そこにもヴェル君の姿はない。奥の机やソファにも見当たらない。
きっと、別の部屋にいるのかも――。
時計を見ると、時刻はすでに十時過ぎ。女神堂へ向かうまで、あと少しだった。
ずっと向こうの部屋にいなかったから、女官イースさんが探しているかも……。
心配してるかな? たぶん、どこかの扉が私の内室につながっているはずだよね。
そう思いつつ、四つん這いでベッドを降りようとした。
すると、ふわりと爽やかで甘い香りが鼻をくすぐる。
着替えもないけど……もう一回入っちゃおうかな?
私はすっかりこの魔法に満ちた部屋を気に入り始めていた。
湯船の前まで来ると、そっと右足からお湯へと沈めていく。
しばらく温まっていると――急にもよおしてきた。
……お手洗いの場所、聞いてない! ど、どうしよう!?
私は、お手洗いがどこにあるのか考えながら部屋を見渡した。
すると、突然――
湯船のお湯がふわっと盛り上がり、その中からヴェル君が現れた。
「んきゃっ!」
私は驚いて、飛び跳ねるように立ち上がる。
ヴェル君は昨日と同じローブのまま、湯船の中から現れた。ずっと潜ってたの!?
ど、どれだけ潜ってたのよ!?
「そうだ、トイレはないよ。だから、そのまましていいよ。」
これが魔法使いの冗談なの!?もう、勘弁して……
「このお湯は常に浄化されるし、汚れた服のまま入ってもすぐに綺麗になるよ。だから問題ない。」
「もー……」
私は文句を言いつつも、もじもじと落ち着かない。
私にとっては大問題なんですけど!?
私を、ヴェルはじーっと見つめたまま首をかしげる。
「普通の人はそうなの?そっかー、なるほどね。」
なんでないのよ……!
思考が止まりかけたその時――
ヴェル君がそっと私の腰に手を回し、抱きしめるように支えた。
「ひゃっ……!」
私はもうダメかと思った――だけど。
不思議と、先ほどまでの緊急事態がすうっと消えていった。
えっ、まさか魔法ですか?魔法なの!?
私は驚き、思わず腰にしがみついているヴェル君を見つめた。
「ヴェル君、どうやったの?……あっ、いいえ、どこにやっちゃったの?」
ヴェル君は私の腰から離れると、あっさりと答えた。
「マナにしたよ。」
あ……、うん……そうなんだ。
私はもう分からないことを考えるのをやめ、高速で思考をどこかに飛ばした。
そして、代わりに素直なお礼を口にする。
「ありがとうね、ヴェル君。」
落ち着くために、私は再びお湯の中にしゃがみ込んだ。
ヴェル君もぷかっと浮かぶ。
もう魔法について聞いても勉強にはならないな……
と私は思い、今はもっと実用的なことを尋ねることにした。
「ヴェル君、ちょっといいかな?聞きたいことがあるんだけど。」
「なんでも聞いていいよ。」
すごくありがたい!……でも、私は聞きたいことが多すぎて、一瞬迷ってしまった。
とりあえず、もうすぐ女神堂に行かねばならないので、
自分の宮殿の内室に戻る方法を聞くことにした。
ヴェル君は何もしていないのに、
そのまま浮かびながら私のそばに寄ってきて、右手を差し出した。
……握手でいいのかな?
私も右手を差し出し、ヴェル君と手を握り合う。
すると、突然――この空間の構造が、まるで地図のように記憶へ流れ込んできた。
扉はたくさんあるのに、その先の記憶がない場所がある。
そこは行き止まりなのか?それとも侵入禁止の場所なのか?
それにしても……思っていた以上に、この家は大きい。
私の実家にも特別な部屋がある。
『非物質界-アストラルプレーン』とこちらの
『物質界』の接触面を利用した、見た目以上に広い空間。
――でも、ヴェル君は個人でこんな空間を持っているのかな?
どれだけお金持ちさんなのよ……。
まるで図書館のような広さ。ヴェル君は一体、どんな暮らしをしているのだろう?
私は湯船から出ると、ちょっと恥ずかしかったけど、ベッドの上でゴロゴロしてみた。
そうするのが当たり前のような記憶があるからだった。
全身が服ごとすぐに乾いた。まるで、ここではそれが普通であるかのように――。
私はベッドから降りて、ヴェル君の方を向いて軽く息を整えると、
「いってきます」
ヴェル君が、ふいに何かを私に放り投げた。
それは――飴玉だった。
「……え?」
手のひらに収まった小さなそれを見つめる。
ヴェル君は特に何も言わず、ただいつも通りの表情をしている。
ちょっと、気恥ずかしかった。……でも、なんだか、嬉しかった。