125話:また会えるって言ってよね、誰か!
「きっと間に合うよ。
勇者くんとレラが、“邪悪王”を倒すのを。
そうすれば……“あの二人”とも、縁が切れるから」
ヴェルシーはそう言いながら、
横たわる“半分になったおじいちゃん”の世話をしていた。
コーク先生には意識があるようだけど、
話すことはできないみたいだった……半分だから。
「……あたしが、ちょっとだけ勇者に合わせるのが早すぎたのかも。
今度は、もっと気をつけるからね」
もう詠唱はほとんどしていない、
トキノ先生はそう言いながら、支柱のあちこちに絡めた蔦を、
静かに見上げていた。
どうやらみんな落ち着いているし、
上手く行っているみたい。
私も、ヴェルシーとトキノ先生を交互に見ながら、
ガン彗くんの手を握って、時が過ぎるのを待っていた。
こうしてると、ふと思い出す。
碧り佳姉さまと、深る雪姉さまのこと。
歳は私とそんなに変わらないのに、
いつも私にかまってくれた、大事な姉さまたち。
……この勇者くんの話が終わったら――
実家に帰ろうかしら?
また「嘘でしょ」って言われてもいいから、
私のすごい話、聞いてもらいたいな……
不意に、埃がふわりと舞った。
支柱の陰から、オーツさんの声が聞こえてくる。
低くて、落ち着いた声――
「ああ、申し訳ない。コーク先生の搬送は、なんとか上手くいきました」
埃をそっとはたきながら近づいてくると、
一度、みんなを見まわしてから、うっすら微笑んだ。
「まぁ、ぎりぎりでしたけどね。
獣種は、帰るように誘導できましたし。
勇者ロテュさんとレラさんは、もう帰っているでしょう。
……ただ、この城から出るのに、数日はかかりそうですけどね」
……これって、上手くいったんだよね?
そう思ったけど――なんだか、みんなの様子が変だった。
ヴェルシーはしゃがみ込んで、コーク先生に向かって――え、謝ってる?
トキノ先生は、支柱に絡んだ蔦に向かって、小声で何かを言っている。
オーツさんも良く見れば、笑顔がひきつっているみたい。
……これは、上手くいってないのかも。
三者三葉に違うけどきっと考えているのは同じようだった。
……おじいちゃんに叱られると言っていたよね?それは私もなのかな?
悪い事なんて何もしてないよ、私。
はぁん……ため息をついたときだった。
ヴェルシーの後ろから――もやっとした“闇”が、にじむように姿を現した。
あぶない! そう言いかけて一歩前に出ようとした、そのとき。
「わっ……!」
ガン彗くんが、私にしがみついた――!
あっ、体勢を崩した……そのまま!
私はガン彗くんと一緒に、ヴェルシーに向かって飛び込んでしまった。
でも、こっちを見ていたヴェルシーは、すっと私たちをかわして、
そして――そのすぐ後ろに、あの“闇”が!
もう転ぶ寸前だった私たちは、そのまま――頭から闇に突っ込んでいった。
ビャシッ!!
大きな音と共に、何かに弾かれるような反発があって、
私たちは、なぜかうまく立ち上がっていた。
後ろから、ヴェルシーの声。
「僕知らないよ? 瑠る璃が責任取りなよね」
……ん?なんの話?
トキノ先生も、オーツさんも、なぜか無言でうなずいてるし……
っていうか、そこにいるの……おじいちゃんじゃない?
えぇぇ、もう……!
ああもう、いいから――とりあえず、何でもいいから助けてあげてよ!
それから、私とガン彗くんは――
「離れていなさい」と、トキノ先生に言われた。
離れた場所からでは何と言っているか聞こえなかったけど、
ヴェルシーとオーツさんも、三人でコソコソと何か話しながら、
コーク先生を“助けている……よね?
トキノ先生は、今もずっと呪文を詠唱しているし、
オーツさんは、その隣でしゃがみ込んで――まるで粘土でも練るみたいに、何かをしていた。
私は、その横で何も知らないはずのガン彗くんに、
「おじいちゃん……元に戻れるよね?」ぽつりと聞いてみた。
そのときだった。
ヴェルシーが、なにか悩みながらゆっくりと、私の方へ歩いてきた。
「治ったけど……おじいちゃんは――記憶がないんだ」
「えっ!? 記憶がないって……どういうこと? 何も、覚えてないの?」
「君たちがぶつかったときに、闇の部分が“無くなった”らしいんだ。
おじいちゃんは光と闇を同じくらい持ってたみたいで――その半分が……
……もしかして、ガン彗くんが食べたとか?」
えぇぇ!?
ガン彗くんって精霊だけじゃなくて、闇まで食べちゃうの?
ちらっとヴェルシーを見ると、
「聞いて」って目でこっちを見てる。
「ねぇ、ガン彗くん。君って……闇まで食べちゃったりするの?」
「んー……ごめんなさい。だって、目の前にあったから……飲んじゃた」
……むー……
やっぱりこれは、ちゃんと怒らなきゃいけないよね。
“おじいちゃん”を――食べちゃうなんて、いくらなんでも。
私は一呼吸ついて、
ちょっとは怖く聞こえるように声を出そうとした、そのとき。
「ガン彗くん。ありがとう」
……え?
ヴェルシーは後ろを振り向くと、
トキノ先生とオーツさんに小さく合図を送った。
トキノ先生はこくこくとうなずいて、
オーツさんの方を向くと――二人で、大きくうなずき合った。
それから、突然。
「ヴェルシー、瑠る璃。帰りますよー、
瑠る璃おねちゃん、鍵本の七十八項目、破ってね」
「……トキノ先生、それ。僕のなんですけど」
ヴェルシーは、小声で不満をこぼした。
「全部使わずに済んだんだから、これくらい、いいでしょ?
どうせ全部なくなったら、百億はするんでしょ、“コレ”」
ヴェルシーが口をつぐんでる横で、私は鍵を取り出して本を開いた。
七十六、七十七……七十八項目。
目で確認してから、びりぃとページを破いて、空中に放った。
何回かやってるけど、未だによくわからない。
本に書かれてる文字も、状況も。
でも――これで帰れるなんて、便利だと思った。
私は、もう慣れてしまった転送の感覚に身を任せた。
でも――気づいたとき、びっくりした。
オーツさんはともかくとして、ガン彗くんがいなかった。
どうしたのかトキノ先生に聞くと、
三人ともあのまま、ガン彗くんに頼んで――
空からずっと流れ続けてる“水”を、止めに行ったらしい。
……そ、それなら。
ちゃんと、お別れ言えばよかった。
もう会えないなんてないよね?
「また会えるよ」と言ってくれるはずの、二人はどこかに行ってしまった。
私は――今日一番の精神ダメージを受けて、ベッドに倒れ込んだ。