124話:ヴェルシーが半分にしたね……おじいちゃんも
その杖は――まるで植物種の蔦を撚り集めて作られていたようだった。
そして今、蔦の一本一本がゆっくりと、ほどけ始めていった。
私はそれを見ていて、なんとなく“人の形”に見えてきた。
もしかして……あの植物種、まだ生きている?
ほどけた蔦の一部が、手を振るような仕草を見せた。
鞭のように先端がしなり、パチンッと音を立てて、
オーツさんとガン彗くんに向かって弾け飛んだ。
でも、蔦が飛んだ先は――支柱の一本だった。
それはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
攻撃なのか、それとも……威嚇?
……いや、私の目には、ちゃんと見えてた。
さっきから、おじいちゃんにまとわりついているヴェルシーの魔法が、
空間をねじ曲げていたんだ。
「瑠る璃が、しっかり見ててくれるから。
“闇”の中でも、やりやすいよ」
そう言ったヴェルシーの声が、私の後ろから届いた。
わかってる。ヴェルシーは、私を通してすべてを見ている。
そして、私が見たものが、すぐに魔法で変化する。
それがまるで――私自身が魔法を使っているみたいで。
こんな状況なのに……なんだか楽しい。
右隣にいたガン彗くんを庇っていたオーツさんが、動いた。
いつも肩に背負っている、あの長い棒――
それを使って、蔦をぐるぐると巻き取りながら操り出した。
棒に蔦を絡め捕るように回しつつ、そのままおじいちゃんに近づいていく。
その間、なにもしていなかったガン彗くんは、
オーツさんが前に歩いていくのを見送りながら、ひらひらと手を振った。
それから、てくてくと私の前までやって来て、
「みぃは、こっちにいなさいって。
ここでは、何もしちゃいけないって……だから退屈だよ」
そうぼやいて、ぽすんと足元に座り込んだ。
……ガン彗くんには、これが“暇”に見えるんだ……
でも私は忙しいから、顔を向けずに――頭だけ、なでておいた。
左隣にいたトキノ先生は、さっきからずっと、絶え間なく呪文を唱えていた。
まるで――光が風になって流れていくように、
その魔法は、蔦の動きと不思議なほど同調していた。
だからこそ、あの複雑に絡み合う蔦の流れが、私にもよくわかった。
それに、先生に向かって飛んでいったはずの蔦も――
支柱を壊すことなく、自らいくつもの柱に巻きついていった。
まるで、建物そのものを使って何かを“組んでいる”みたいだった
いきなり後ろから、ヴェルシーが私の頭をつかんで、真正面に向けさせた。
そして、少しかがませた私の肩越しに、自分の腕をすっと前へ伸ばす。
指先の先――
おじいちゃんがいた。いまは、空間が絡まっているのか、
姿もぐしゃぐしゃになっていた。
「どうやったら元に戻るか考えて。
こういう知恵の輪は得意でしょ? 頼んだよ」
そう言い残して、ヴェルシーは――すっと、“消えた”。
へぇー、私って“知恵の輪”が得意なのね。
……まあ、今のおじいちゃんは、なんとなく似てるかも。
でも、どこからほどけばいいのかな?
絡まったままの“おじいちゃん”を、どうやって――
……あ、とけるかも。
んん? でもあれが、こっちだったらいけたのに……。
はぁん、こんなの、頭の中だけで解けるのかな?
そのときだった。
頭の下にいたガン彗くんが、ぽんっと何かを指さした。
……あ、あれだね。
ガン彗くん、ありがとう。
うんうん。そこから始めると――解けるよ。
大丈夫、いける。
――よし!解けたよヴェルシー。
そう思った途端。
おじいちゃんの背中側に――ヴェルシーが、もう立っていた。
おじいちゃんをじっと見つめていた。
すると、ぐにゃぐにゃだったおじいちゃんの姿が――
くりゅっと空間が元の形へと戻っていった。
そして――完全に戻った、と思ったその瞬間。
おじいちゃんの体が、真っ二つに“別れた”
切ったわけじゃない。
ヴェルシーが――空間ごと、分けただけ。
……私は、自分にそう言い聞かせた。
最初のやつは、空間がよじれてるだけだったけど、
でも今は――目の前で、人の体がきれいに“半分”になっていた。
中まで、全部見える。思わず――息を呑んだ。
そのとき。
オーツさんが、棒に巻き取った蔦ごと、おじいちゃんをぐるりと包みこんだ。
「コノカミは、時間がありませんのでもう行きますよ。
早くあちらの勇者に持っていかないと――
そちらほうは……よろしくお願い致します」
間一つだけ、私たちを見たオーツさんは、早足で大広間から消えて行った。
「え? えぇぇぇ〜!? そんなことある? ど、どうなるの!?」
「おねえちゃん、みぃー……痛いよ」
「ああーごめんね!」
ガン彗くんが私から離れようとするのを、あわてて捕まえていたその間に――
オーツさんは、もうどこかへ行ってしまっていた。
なんだか広間の右側半分が何もなくなって、
崩されて支柱が残されただけだった。
――まるで、ここだけ“役目を終えた場所”みたいだった。