116話:ほんとうにふわりんで飛べたらいいかも
今、ヴェルシーに会えるとしたら――夢の中かな? 無理かな?
だって、自分の夢なのに思い通りにならないし、
いい夢よりは悪い夢の方が多いから。
「瑠る璃おねえちゃん!」
あ、水球の中でもないのに泳いでいる。ガン彗くんが夢に来てくれた。
「瑠る璃おねちゃん。これは夢じゃないよ」
ふふ、夢じゃない夢だよね――こういう夢って何度も見ちゃうよね。
あれ? こっちの方ではトキノ先生が、
ふわふわ浮いてさかさまにいる様に見えた。
トキノ先生にも夢じゃないと言われた。
夢じゃないってどういうことかな? この感じはいつもの私の夢だよ?
「ちょっと変にいじくっちゃったから、
『非物質界―アストラルプレーン』に精神だけ来ているのよ。
本来このプレーンに肉体を持ってくると、
目印を付けておかないと迷子になるのよね。
だから今みたく精神体だけで行ってもいいんだけど、
今度は“向こう”で幽霊になるのよ」
うーん? やっぱりわからないけど、精神だけだと迷子にならないのかな?
それを聞いてみると、自分を感じなさいと言われた。
そうするだけで、わかった。部屋にいる自分が見えた!
いいえ、これが“感じる”ことなのね。自分の体と繋がっている。
「ヴェルシーおねちゃんが構築した魔法機構は、新しくて複雑だわ。
――これを使って辺境にまで、すぐに行けると思ったのにね」
「私……このままでいいと思う。
もちろんトキノ先生がよければなんだけど――
肉体があるからって、なにも出来なかったし。
これなら、空も飛べないのかな?」
ガン彗くんにも聞いてみると、「みぃーは一緒だよ」と言ってくれた。
いいってことだよね?
トキノ先生は、ちょっと考えてから言った。
「あたしだけじゃなく、ガン彗様がいるのだから、
辺境まで“伸ばして”いけるわね」
これで、ヴェルシーを探しに行ける。
そう思ったとたん、私の夢の中だと思っていた、
何もない景色に色がふぉーっと広がっていった。
微細な彩色が集まっていくと、最初に欠けていた太陽の再生に伴って、
朝日の光が見えてきた。
そして――帝都がすべて見えてきた。
私たち、もう空に飛んでいるんだね。
いままで、そこで寝ていたと思っていた――
四姉妹花の部屋から、ふわっと上昇していて。
その花が咲いている山のテーブル頂上ですら、下の方に見えた。
「トキノ先生、いいですか? 移動するには泳がなきゃダメですか?」
たぶん、歩いたり走ったりできると思うんだけど……
体がふわふわしてしまって、どうしても泳ぐ格好になってしまう。
「ほら、手を貸して――
アストラル体で必要なのは“イメージ”だから。
目をつぶって、あたしについて来て」
私は泳ぎながら、トキノ先生の手を掴むと――目をつぶった。
足をばたばたしていたけど、
手を引っ張られていくと、自然と“走るイメージ”ができてきて――
音はしないけど、ぽーん、ぽーんと跳ねている感じ。
――あっ?
トキノ先生は、まだ手を離してくれない。
どころか、私が思っていた以上の速さで引っ張ってきた。
そんな速く走れないよ!
足がもつれて、転びそうになる。
危ないと思って、目を開いたとたんに思った。
――私……ふわりんになっちゃったかな?
いや、こんな速さのふわりんは見たことないし、この高さ――すごい……
今やもう走ってもいないし、疲れもしない。そして静かで――
まるで魔法生物キューちゃんに乗っていた時を思い出していた。
――はぁー、信じられないわ。どこを見ても素敵な風光が広がっている。
そうだ? ガン彗くんはどこだろう?――ああ、あんな高い……
「あたしたちはこれ以上高くは行っちゃダメだからね!」
強く腕をまた握られながら、私の考えを見られちゃったのか、
叱られてしまった。
「もうすぐ着くけど、もし魚たちに見つかったら大変なんだからね。
ガン彗さまも見張ってくれているのよ」
「そ、そうなのですね……」
驚いて、私までなんだか話し方が変になっちゃったけど――
でも、でも、わかったよ。
“空の上”にいるんだね、魚が……そして、龍神人さんたち。
あの、きらきらしている場所に、大量の水が浮かんでるんだよね。
ガン彗くんはあそこに住んでいるんだよね?大変だよね?
トキノ先生に聞いてみると、だからそこには、
私たちは行ってはいけない“場所”なんだって。
そして、もう一つ覚えておきなさいって、こう言われた。
「――空の高くに浮かんでいる“あれ”が、本当の海なのよ」って。
トキノ先生はなんでも知ってる。すごい。
「じゃあ、この――ずーっと見えてる海って、
私たちの世界だけじゃなくて、他の世界にも続いてるのかな?」
トキノ先生は私を見ながら、ふふっと笑って言った。
「続いていると思うよ。でも私は、知ってるだけ。
ちゃんと、瑠る璃おねちゃんは“見える”んだね……」
私はもう一度、空の海を見上げた。
――あ、魚!?
きらっと一瞬輝いて、こっちに向かってくる魚がいた。
すると、高いところからガン彗くんが一歩一歩飛び降りるように、ぴょーん、ぴょーんと降りてきた。
「あれくらいなら平気だけど、他のが来ちゃうといやだから、
もっと下に降りようよ」
ガン彗くんが魚を指しながら言った。
私だったら、食べられちゃいそうな大きさだったので、
その言葉に従って、私たちは地面近くまで降りていった。