114話:ごぼっ、ごぼごぼ、ぐぶぐぶぐぶ……
熱くはなかった。
でも、私が見ていたのは――白い紙が燃えていたんじゃなくて、
空間そのものだったのかもしれない。
その先に見えたのは、また別の空間。
淡い色の壁と、丸みのある家具。
それから、可愛いぬいぐるみがいくつか並んでいる。
……よかった。ここ、トキノ先生の部屋だよね。
何が起こるかまったくわからなかったから、ちょっと安心した。
今となっては、もうお仕置きでもなんでも受けますって気分だった。
先生はどこにいるのかな?と思って、立ち上がって部屋を見回す。
ん? さっきまで、ここにいたような気配があった。
テーブルの上には、まだ湯気の立っているお茶。
本当に、今の今まで座っていた感じだったのに――
先生の姿は見当たらなかった。
カチャ。
楕円形の扉が開いた音がしたので私はそっちを見た。
……あれ? そんなところに扉なんてあったっけ?
私の記憶では、そこに扉はなかったはず。
でも、その扉から出てきたトキノ先生の格好も――見たことがないものだった。
柔らかなグラデーションがかかったブレザーに、
シンプルだけど淡い色合いのスカート。
たしか、アメノシラバ帝国のどこかの制服で見たような……?
いままでずっとパジャマみたいな恰好しかしてなかったのに――
どうしたんだろう?
「よくいらっしゃいました、ガン彗さま。よろしければ、こちらへどうぞ」
……うーん?
トキノ先生、今の言い方――なんだかオーツさんと似てるかも。
もしかして、ガン彗くん……というより、
“龍神人”っていう人たちが、すごい存在だったのかな?
私は全然知らなかった。
でも、ガン彗くんは私のそばを離れないでじっとしていた。
トキノ先生の方には行こうとしない。
……そっか。私が言わないと、だめなんだよね。
「ガン彗くん、一緒にあっちの部屋に行こ?」
そう言って、私が誘ってあげないと、
たぶん、トキノ先生には何も話してくれなさそうだった。
新しい部屋は……すごい。
大きな部屋いっぱいに、水球がただよっていた。
うん、私が見ても、なんだか楽しそう。
でも、お風呂じゃないよね? たぶん。
ガン彗くんも楽しそうな顔をしてるけど、ちらっと私の方を見ていた。
「大丈夫だよ、一緒に入ろう」
私は、いつものお風呂みたいに――飛び込んだ。
それを見たガン彗くんも、ついて来てくれた。
じゃっぷーん。
その次に、ちゃっぷーん。
……私が楽しいと思ったのは、ここまでだった。
そしてそのあとは、こう思った。
――息が、できない。
ごぼっ、ごぼごぼっ。
口の中に水が入ってきて、しょっぱくて、苦しくて。
ばしゃっ、ばしゃっ――手を動かしても、掴めるものが何もない。
ぐぶ……ぐぶぐぶ……。
音が、遠くなっていく……
とろ……とろ……
……しゅぅぅ……
――意識がなくなる寸前に、水球から引き上げてくれた。
ごぼっ――ばふっ、ばふっ……!
顔を出した瞬間、空気が肺に飛び込んできて、胸が痛いくらいだった。
「けほっ、けほけほっ……!」って咳き込みながら、私はやっと声を出せた。
はぁー……こんな水、知らないし。
私、もう水の中で息ができなくなっちゃったのかな?
――なんて、考えていたら。
私の背中を、トキノ先生がそっとさすってくれた。
ふみゅ、ありがとう。
「これは、龍神人さま用の――高次元に合わせた“海”だから。
瑠る璃おねちゃんに魔法がかかっていても、無理だよ。
“普通”に泳げれば別だけどね」
……そうなのね。
“泳ぐ”ことを知ってる人って、いったい何人いるのよ?
って思ったけど、もう慣れた。
――価値ある知識は、特別な人しか持っていないんだって。
でも、私には先生がいる。
……トキノ先生じゃないよ。ガン彗先生がね!
水球の中を、思うままに泳いでる。
手足を、すぅいー、すぅいーって動かしてるだけで、すごく速い。
あとで、教えてもらおっと。
でも今は、それよりも考えなきゃいけないことがあった。
……ヴェルシーのことを。