112話:勇者くん、そこに私たちはいないけどね……
確かに、降水はまだ続いているみたいだった。
私が集中して見ても、遠いせいか――
薄暗いカーテンのようにしか見えないけど、あれは水に間違いない。
もう、あれからまる一日くらいは経ってると思う。
ガン彗くんが、あのすごい濁流の中から助けてくれた時の嬉しさで、
その後のことなんて、まったく考えていなかった。
それにしても、この人は誰なんだろう?
顔立ちの彫りや話している言葉は、私たちと同じ系統なのに――
着ている服はまったく見たことがないし、話し方も何かが違う。
ちょっとしか対面していないけど、やっぱり違和感があった。
それに、あの降水を止めてほしいっていう要求も、
普通じゃないのはわかるけど……
ユキノキ国の軍団とも違うようだし、
どうしてあれがガン彗くんのせいだと思ったのか、そこがよくわからなかった。
「ガン彗さま、いかがでしょう。
よろしければ、コノカミと共に赴いて“あの水”を止めていただけませんか?」
物静かな口ぶりだったけど、困っているのはよく伝わってきた。
「コノカミの子たちが、
このままでは“そちら”の領域に踏み入ってしまうかもしれません。
そうなれば、またご面倒をおかけすることになるかと――
そのあたりは、ご理解いただけますよね?」
今度は少し、脅しめいた雰囲気が混じっていた。
この言い回し、お兄さまによく教わったことがある。
でも、これってガン彗くんのせいだけじゃないよね?
というより、ユキノキ国の軍団のせいじゃないのかな?
なんだか難しそうだけど、とりあえずガン彗くんに聞いてみた。
「ガン彗くん、あの降水は止められるのかな? 簡単なのかな?」
「みぃーが、あの場所に戻れば簡単だと思う……でも……」
ガン彗くんが嫌がっている理由は、ユキノキ国の軍団のことなのかな?
それだけでは、ないのかもしれないけど。
「でも、あれだよ。さっきみたいにぱくっと食べちゃえばどうなのかな?」
「……いっぱい食べたいけど……無理かも」
言いたいことは、なんとなくわかるかも。
私も一度にたくさん出されたら、かえって食べられなくなるし。
しかも、あれは精霊……
美味しいかもしれないけど、ただでは食べられないよね。
うーん、オーツさんにこの話が伝わるかなと考えたけど、
もうこれだけのやりとりだけで、オーツさんには通じたようだった。
「コノカミとしても、特に魔法使いの件では困っておりまして……
なんとか事態を収めたいところなのです。
それはさておき、ガン彗さま――
コノカミが責任をもってお守りいたしますので、
どうかご同行いただけませんか?」
「みぃーは、瑠る璃おねえちゃんと一緒じゃないと……
あと、勇者くんとレラも一緒がいい……」
「……それは困りましたね。
あっ、いえ、もちろん、
それはこちらの都合ですので……どうかお気になさらず。
では――皆さまで、できるだけ早めにお戻りいただけますでしょうか?」
ガン彗くんは私を見つめている。
私が決められる訳じゃないしなー。
とりあえず、勇者くんを探して相談するつもりだ。
そう思って、オーツさんにもそう話してみた。
「そうですか……勇者……くんですか……
では、コノカミも一度引き上げさせていただきます。
――なるべく、お早めにお願い申し上げます」
オーツさんは、荒野のどこへ行くのか、
まったくわからないけど――来た時と同じように、棒を担いで走って行った。
「ガン彗くん、一緒に探そうか――
近くにはいるはずだよね、勇者くんとレラ」
うん、と頷いて私について来てくれるガン彗くんは、
もしかしていくつ精霊を食べることができるのか、
そう考えているに違いない笑顔だった。
私は歩きながら、何度も後ろを振り返ってガン彗くんを見ていたら、
何度目だろう――?
ガン彗くんが、私じゃなくて――空のずっと上の方を見上げていた。
ん? と気になって、私もつられて上を見た。
空の高いところに、何かが見えた。
「あれ、なんだろうね?」
そう言い終わった時には、それが勇者くんとレラだとわかった!
なぜ? いつの間に、二人は空にいるの?
よく見ると、二人は何かを探すみたいに、歩きながらきょろきょろしてた。