108話:ひとりでも、信じてるならいいよね。
太陽がすべて欠ける前に野営することにした。
レラが「私が準備するね」と言って、
地面に向かって《永久の明かり》を唱えると、ぽわーっと辺りが明るくなった。
「ねぇレラ、あなたの新神魔法ってすごく便利よね。
帝都に行ったら、先生になれそうじゃない?」
私は魔法の素質はまったくないって言われたけど、
新神を”崇めるだけ”で魔法が使えるなら、
そんな素敵なことないなーと思ってた。
レラは首を振って、真剣な顔で言い返した。
「ダメだよ。女神リレアス様とケンカしちゃう」
えっ!そんなこと、考えたこともなかった。
神さま同士でケンカするの?……なんかすごい。
ケンカって言えば――レラ自身も、こうして家出してるんだよね?
平気なのかな?
もし私の両親にバレちゃったら、父さまは許してくれるかもしれないけど、
母さまには怒られに違いなかった。
ちょっと、今どうしているのか、話を聞いてみた。
レラの両親は帝都で仕事をしていて、
レラももう「若冠の儀」を迎えているので、
学校ではなく仕事を助けるために、呼ばれてるらしかった。
でも、あまり人が多い場所には行けないって言ってた。
その理由は「私、新神カノンルから啓示を受けたから」だって――
……啓示ね……それって、トキノ先生に聞けばわかるかな?
ほかにも神さまっているのかな?
名前を持っている神さまなんだから、この世界にちゃんといるはずだよね?
「神さまの名前を聞けたなんて、すごいよね。
名前をこの世界に、残した神はいないって聞いてたよ」
レラが、俯き加減で、私に言いづらそうに言った。
「私が……付けたの、その名前……」
そっか……
でも、気にすることはないと思う。
名前があったほうが、親しみがわくものね。
精霊信仰みたいに、昔から受け継いできたものがあれば、
人は盲信することもあるけど――
新神カノンルを信じる者はいまのところ、一人。
レラだけだ。
だから、これからどうなるかなんて、誰にもわからないよね。
このあと、もうすぐ来る『蝕界』に備えて、
レラにも教えておこうか少し迷った。
でも、もうレラは、座り込んで足を抱えたまま、静かに眠ってしまっていた。
そうだよね、みんな疲れてるよね。
私も疲れてる。
でも、『蝕界』が来たとき、
ちゃんとみんなから遠ざかっていけるか試さなきゃいけないから、
私だけは、起きていないとね。
『蝕界』が来るとき、夜とか寝ている人には、たいていわからない。
『蝕界』がもたらす生物への感覚遮断は、睡眠にも似ているから。
私も、寝ているときにはたぶん気づけない。
でも、夢を見ているときだけは、夢の中で『蝕界』を見たことがあった。
今たぶんだけど、それに近いことが起きていた。
勇者くんが持っていた、龍神人の角らしいものと融合した剣――
それが、そこに落ちていた。
鞘もなく、むき出しのまま。
その剣は今はっきりとよく見えた。
いままでビリビリしていた剣は、いまでは光り輝いていた。
どうしてそうなっているのか?
私はどうしても、それをさわってみたかった。
光る剣を持ち上げると、光は線になって伸びていった。
ゆっくりと、まっすぐに。
なんだか空間が裂かれていて、
その切り裂かれた部分が光の残痕になっている、そんな風にも見えた。
その光線は、空の一点を目指していた。
そして空の途中で吸い込まれているように止まっていた。
でも……それだけだった。
吸い込まれている場所が遠すぎる、いや、もう距離感なんてなくなっていた。
どうにかできないかな?
「僕も手伝うよ。マナでどうにかならないかな」
ヴェルシーが、私の手にそっと重ねながら言った。
急に現れる――でもそれは私を助ける為だ。
「こんな、よくわからないものを使うのは、危ないんだけどね」
そう言いながら、ヴェルシーはどこか楽しそうだった。
私の力を強化してくれているのか、それともこの剣の力なのか――
そこにある空間に、光が満ちた。
私がその光の中に、ふっと飛び込んだような気がした。
――そこに、立っている人がいる。
まぶしすぎて影になっていたけど、少しずつ見えてきた。
顔が――瞳が――
あれ? 勇者ロテュなの?
何か言ってるのかな?
口が動いてるけどわからない。
は、っ――!
手に持っていた剣から、バチッと雷が弾けた。
その一瞬で、私は元に戻っていた。
落とした剣はもう光っていなかった。
ヴェルシーにも聞いてみたけど、
何も見ていなかったみたいだった。
……いつの間にか、また夢でも見ていたのかな?
わけがわからなかった。
そうしているうちに、『蝕界』が終わろうとしていた。
「君が遠くに離れられるか試せなかったけど、また今度だね」
そっか。
そんなことすっかり忘れてた。