106話:勇者御一行は世界が平和にならないとね、このパーティーは抜けられないんです
長い、ながい体がどんどん小さく丸まっていく。
お団子みたいになった体から、手が――足が――ぴょこんと伸びて現れた。
ぼろきれ一枚まとった小さな子供、それがガン彗くんだった。
「帰ってきちゃった」
へへっと笑って、ガン彗くんが言った。
助けてくれた相手にこんなことを思うのは申し訳ないけど、
――どうして帰ってきたの?
あまりにも可愛かったから、言いたかった事は飲み込んでおいた。
勇者ロテュは大地に立って、空を見上げたあとこう言った。
「ここから近い村を、平和にしていこう」
当たり前のように歩く姿はさまになっていた……と思う。
勇者はどんな職業か、私にはまだわからなかった。
辺境へ向かって歩き出すと、さっきまで小さかった疑問が膨らんで来た。
そういえば気になっていた――”世界平和”ってなんだろう?
んー……やっぱりそれもどうでもいいかな。
レラはロテュに付いてっているけど、何も感じないのかな?
いや、勇者君がおかしい……じゃなかった、
何かに熱心に取り組む姿を見て、何か思っているはずだけど、
言葉に出してみんなに言えないだけだと思う。
なんだろう?みんなおかしいよって、そう叫びたかったけど、
そうなんだ、一番おかしいのは私だ……
だって……だって三人と絶対、離れちゃダメって思い込んでる。
少しでも別の道へ行こうとすると、頭の奥が“無理”って叫ぶの。
私の意思じゃない……誰かに、何かに縛られてる――
ううん、違う。私は頭を振った。
私の頭がおかしいんじゃない。
なんだか変な力に縛られているみたいだった。
最後尾を歩く私は、いつの間にか三人と同じ歩幅で、
同じ道をなぞってあるいているし、
あー、もうダメだ……
そう思ったとき、耳元で小さな声が聞こえた。
何考えてたんだろう?
私は、あっという間に元気になった。
ヴェルシーの声を聴いただけで正気になったと思う。
「しばらくは勇者君の束縛は解けないようだよ。だから、このままでいなよ」
ヴェルシーがそう言ってくれるなら、もう大丈夫だ。
今の状態が普通だと思っていればいいだけだ。
そういえば、あの時”見えなかった”から心配してたけど――
あの濁流も平気だったんだね。よかったよ。
「うん。流されたとき、あの場所からじゃ助けられないと思ったから、
別のところにいたんだ。
ガン彗くんに乗って助かるなら、僕も乗せてもらいたかったよ」
私だけ、ちょっと得したかも。そう思って、くすっと笑った。
「そうだ、ヴェルシーも一緒に行けばいいんじゃないの?
いつも隠れてるの、疲れるでしょ?」
「いや、僕にはそんな危険なこと、遠慮しておくよ」
「そ、それ、どういうことなのよ!」
「次元違いの中毒だから危ないって、トキノ先生も言ってたでしょ?
僕まで中毒になったら、助けられなくなっちゃうよ」
「そんなこと言ってたかな?
じゃあ、私、束縛されてるのは中毒になっているの?
――そうか、ガン彗くんが戻ってきたのも、そのせいなのね?」
「”いわゆる中毒”かな、勇者病みたいなものなんでしょ?きっとね。
それと、ガン彗くんはすごい生物って聞いたから……
中毒なんてならないと思うけどね」
そうなのか。
……それは、よかった。ような?
はぁん――ため息をついた。
「あ、そうだ。もうすぐ『蝕界』があるでしょ?
そのときに抜け出してもらいたいな。
勇者病にどういう作用があるのか、知りたいよね」
ヴェルシーは、私が思ってもいなかったことを言ったけど。
そうか、私は『蝕界』のことなら問題ないんだから、
そのときに抜け出すっていうのは、いいアイデアかもしれない。
ポーチの中には、『蝕界』カレンダーを入れてたはず。
小さなメモランダムだから、
なくさないように宿題本に挟んでおいて正解だった。
ついでに、トキノ先生からの宿題も確認してみようかな。
「順調なので、勇者君と旅を続けなさい」
……って書いてあったけど、
もう、……ただのお知らせにしか見えなかった。
とにかく、次の『蝕界』が起こる時間はちゃんと覚えたし。
あとは勇者君のあとを付いていけばいいのかな。
いままでだって、これでうまくやってこれんだし、
深く考える必要なんて、ないと思う。
一歩一歩、勇者くんが歩くのに合わせて、
私も同じように付いていくのが、当たり前になってきた。