君の部屋に来たい訳じゃなかったのに
道は覚えていたけど、私の内室の前まで女官に送ってもらった。
「ありがとうね――そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ。教えてくれる?」
「えっ、あ……ぁ。イースです」
やはり伏し目がちで、緊張しているのか声も震えて小さかったが、なんとか聞こえた。
「ではしっ、失礼いたします」
私の部屋から少し戻ったところに待機部屋の扉があり、女官イースが静かに開いた。
彼女は、私が部屋に入るまで見届けるみたいで、扉の前で私を待っていた。
私は微笑んで自室に入り扉を閉じた。
私は、こんな夜中に何をしようかと考えた。
……いや、考えようとする前に、目に映るものを見て思考が止まった。
「おかえり~瑠る璃。部屋に帰ろうって思ったでしょ?だから戻れるように繋いどいたよ」
「ほー、そーですか、そーですか」
繋いだって何をですかぁーいつ繋いだの?!
うみゃーーー!私はベッドに飛び込んだ。
このベッドに勝てるものなんて、何もないかもしれない。
これさえあれば、もう十分だよ……。
深呼吸しながら香りを楽しみ、手足をばたつかせながら感触を堪能する。
このまま、ずっと現実逃避を続けていたい――。
はぁー、私は顔を持ち上げ、ヴェル君がどこにいるのか探した。
大きい宝石が転がっている……
私は、一度見れば高価な物を判別できるし、王宮にいればその価値の程度も覚える。
この距離からでも分かるけど、実際に手に取って確かめたくなった。
そしてベッドを降りると一つ拾い上げた。
……一千万円。もう一つ、こっちは……三千万円はするよね。
「これ、ちゃんと飾っておいたほうがいいよ?」
私の実家では、もちろん宝石は宝石箱や、もっと厳重な場所にしまわれているものだ。
しかしヴェルは、散らばった宝石をじっと見つめていたかと思うと、
視線を外し、ぽいっと無造作に投げ捨てた。
「それ、弱い宝石だからいらなーい。強い宝石じゃないと、いい魔法を付与できないからさ。」
「それなら、机の上の台座に乗っている宝石は強いやつなのね?」
「うん、それなら三億円で売れるかな。」
……やっぱり、のぞかれてる?
私は、ヴェルに見えないように、ちょっとだけ苦い顔をする。
「魔法付与した宝石って、本当に高いんだね。魔法使いってすごい。なんでもできそう。」
「なんでもできるよ、魔法はね。ただし、精霊や新神由来の魔法じゃダメだけどね。
その二つの界域は、仮の魔法しか使えないしさ。今度、順番に詳しく教えてあげるよ。」
はぁ? 別に魔法使いになるわけじゃないけど……
まぁいいか。凛々エルお姉様も、魔法は重要みたいなこと言ってたし。
私は、思い出したように質問をした。
「魔法って、なんでもできるなんてすごいわね。
だから、私の隠していることも分かっちゃったのかしら?
私が本当に隠しているものを当ててみてくれる?」
もしかしたら、ただの当てずっぽうかもしれない。
正確に分かっているわけじゃないかもしれない。
私はヴェルに背を向け、緊張しながら聞いた。
「瑠る璃の秘密は分かってるよ。君の秘密――それは……」
もぅ、もったいぶらないで~
「魔法耐性がゼロ。」
「んっ? なに言ってるの?」
「瑠る璃さ、僕の魔法に対して、ま~~ったく耐性がないんだ。
本来、すごくかけるのが面倒な精神魔法も、
すぃ~っとかかっちゃうし、なんでも簡単にかかる。」
「それって、どういうことなの?」
私は振り向いて、真剣な表情でヴェルに聞いた。
「人は無意識に、魔法にかからないよう抵抗するものだけど、瑠る璃は『どうぞ~』って感じ。
たとえば、あの窓から飛び降りろって魔法をかけたとするよ。
普通の人なら途中で魔法が解けるけど、瑠る璃は……そのまま飛んじゃう。そんな感じかな。」
「それって、やっぱりダメなことだよね?」
私って、もしかして自分があぶないって気づいてない?
「うん、平気、平気。僕が守ってるからね。」
――そうか、大丈夫か。……大丈夫? 本当に? 嘘じゃない? 騙されてない?
「ヴェル君、ごめんね。また寝るね。」
私はそう言って、ベッドの前にきて、ぱたんと倒れ込んだ。