104話:私にできることはないと思う
最後の一撃は……ロテュの剣だった。
崖にかかっていた橋を、谷に落とすには十分すぎるほどの力だった。
だけど、もしかしたら――
団員たちは、逃げる時に橋の人数制限を超えていたから。
もとから崩落していた可能性も、あったかもしれない。
そしてロテュとレラは、体力を使い果たしたように、二人で一緒に倒れていた。
崖の向こう側――
ガルツ国のオジ様たちは、まだ遠くに見えるけど、
ユキノキ国の軍団はもう、前線が崖に届いていた。
また崖を渡る準備をしているようだった。
――次々と、ユキノキ国の軍団が崖際に集まって来ていた。
さっきとは違って、今度は縦横にぴしっと整列していて。
その軍団全体が静寂を保ったまま、じわじわと“整っていく”
何をするつもりなんだろう?
ロテュとレラも、崖の向こうからただならぬ気配を感じ取ったのか、
起き上がっていた。
「『非物質界――アストラルプレーン』へのゲートを作っているんだよ。
ユキノキ国の常套策だね」
ヴェルシーがそう言った瞬間、
私たちのまわりに、
まるでグラスの様な魔法の防壁が張られていくのがわかった。
ユキノキ国の軍団の前に、何もない空間から火があふれてくる。
だけどその火は、大地に落ちるわけではなかった。
空中に漂ったまま、火は少しずつ増えていって――
綺麗な球体の炎になっていった。
まだ中心から炎があふれているのに、球体の形は保ったまま。
暖色から寒色に変わっていくと、最後に色がなくなると、姿も消えてしまった。
だけどいなくなった訳ではなかった、そこに”透明な球体”が見えた。
「ヴェルシー、私には見えるよ。すごく綺麗な球が浮かんでるよ」
私の背中にぴっとくっついていたヴェルシーが、下を指さした。
……その精霊に見とれていたから、気づくのが遅れた。
すでに崖には、何本もの橋がかけられていた。
そして、一定の人数ずつ――
ユキノキ国の兵士たちが橋を渡ってきていた。
ロテュとレラはこちらに向かって走って来ていた。
その後ろには、数人が追いかけている人がいるのが見えた。
「ねぇ、助けなくて平気かな? まだ“見守ってる”方がいいかな?」
「うん。待ってるんだ、僕は……
勇者を、というかトキノ先生を信じるしかないよね?」
ロテュとレラが岩山を登ってこようとするその時――
追ってきた軍団員のひとりが、小さな精霊を出した。
形がかろうじて“人”の形と認識できるくらいの、小さな精霊だった。
けれどその精霊から、まるで拡声器のような、大きな声が聞こえた。
「初めまして、ヴェルシーさん。
ユキノキ国第三軍のシモノンと言います。
おわかりとは思いますが――
そこにいる“龍神人”の捕獲の権利を持っているのは私たちです。
……わかりますよね?」
どうやら、本人の声を精霊が増幅していたようだった。
「権利なんか関係ない! 子供をいじめるから助けただけだ!!」
ロテュが話を横取りするように叫んで、
振り向きながら、もうぼろぼろの剣をかかげて挑発してみせた。
レラは、ロテュの後ろに隠れながら、うんうんと――
どうやらうなずいているようだった。
ヴェルシーは、何も言わなかった。
だからなのか、痺れを切らしたように、あちらの声が続いた。
「では、帝都でお会いするということでいいですよね……では、また!」
その言葉が私にもはっきりと聞こえた、次の瞬間。
周囲の色が――一瞬、無くなった。
球体の精霊から、何かが私たちに向かって飛んで来たようだった。
すぐ後ろの脇から、「ツウィィィーーン」という高く響く音が耳を突き抜ける。
……そのあと、「ズッシー」と岩山全体がうねったように響いた。
見れば、私の背の高さくらいの穴が――岩山を貫通していた。
はぁー……。
ヴェルシーの防壁があるって言っても、当たったら死んじゃう気がした。
「今の、わざと外したのかな? それとも……一回目は外すよね。たぶん」
たぶんヴェルシーはどうでもいい事を考えているのかなと思った。
でも、その直後。
「あぁー、水がなくなっちゃうよ……帰れないよ……
姿を変えたら、もっと水を飲まれちゃうし……」
ガン彗くんが、私たちのすぐ後ろで、慌てていた。
もう、私はどうすればいいのよぅ……
「あつっ、あああ、あっついー!」
ロテュの声が階段の下から聞こえた。
さっきの穴のまわりはまだ赤々と熱を帯びていた。
きっとこの辺り一帯、かなり熱いのだろう。
ヴェルシーの結界に守られて私は無事だけど。
ロテュが熱に悲鳴を上げると、すぐにレラが「耐熱」と唱えた。
なんとか二人は結界に守られながらも、なお不安げに走って来た。
やっとヴェルシーの結界に着いた。
だけどロテュとレラが来ても、状況は変わらないようだった。