102話:ガン彗くんを助けるって、たぶん言っちゃった……
いきなり、辺りが薄暗くなってきて、気温が下がってきた。
冷たい風と、生ぬるい風がまじりあって、私の体を通りすぎていった。
そのあとを追うように、空から水がぽつ、ぽつ、と落ちてきた。
つすぅ……つすぅ、つすぅ――
地面に当たった水は、すうっと吸い込まれていっていた。
「おい、早く逃げようぜ! あいつら、これを狙ってるんだ!」
私たちのところまで登ってきたロテュが、
手に持った角をぶんぶん振りながら、そう叫んだ。
逃げろ、逃げろとせっついてくるけど、
私は階段の下にいるユキノキ国の団の人たちを見ていた。
その人たちは空を指差してなにか話し合っているようだった。
ガン彗くんがいるのかと思って見上げたけど違う様だった。
そうしているうちにも、降水はどんどん増えていった。
階段の上からも水が流れてきて、
もうこの場所では、水の流れと一緒に麓まで流されてしまいそうだった。
「あっち!」
レラが、水流が弱そうな岩影を見つけて言った。
三人でそちらに向かう。地面から反射した水と、
空からの降水がぶつかり合い、水の壁が出来上がっていた。
もう、まわりは何も見えなくなっていたけど、
どうにか天井のある場所を見つけた。
猛水の中で、輪郭を失った風景と、ザァーッと続く轟音の中――
ロテュとレラは大声で何かを話し合っていた。
でもレラは喉を傷めたのか、喉をさすりながら、
水のカーテンをじっと見つめていた。
私はレラと一緒にその景色を見ていたロテュに近づいて、
その手に持っている角を「見せてほしい」と言いながら身振りで伝えた。
たぶん声は聞こえてなかったと思うけど、
意味は通じたみたいで、ロテュは角を差し出してくれた。
その時――私の頭の中で、声が聞こえた。
ガン彗くんの声だ!
「ねぇ、おねえちゃんたち。みぃが帰るのには、水が足りないみたいなんだ。
どうにかできないかな?それに……精霊が邪魔してくるよ……」
どこにガン彗くんがいるのかはわからない。
でも、困っていることだけは、すごく、よくわかった。
落ちてくるこの水がガン彗くんの涙に思えてきた。
「うん、そうなの?……わかったよ……ヴェルシーおねえちゃん」
ん? 私には聞こえないけど、ガン彗くんはヴェルシーとも話しているのかな?
この角のおかげ……だよね?
そう思って、少しだけロテュとレラから離れたところで、
私はそっと、角を振ってみた。
降雨の轟音に、一つの爆音が重なった。
辺りは一瞬、光の波が通り抜ける。
私の腕を、誰かが握って止めた。
すぐにわかった。――ヴェルシーだ。
その瞬間、知識がぱっと思い出された。
この角は、能力がある者が振れば、魔法のように稲妻を出せるらしい。
私、ロテュみたいに思いっきり振り回そうとしてたんだ。
止めてくれてよかったよ、ヴェルシー。
その爆音のせいで、ロテュとレラは抱き合いながらしゃがみ込んでいた。
そして、降っていた水も、どんどん弱くなってきていた。
「その角はロテュに返すんだ。彼なら大丈夫だから」
耳元でヴェルシーにそう言われて、私はすぐにロテュのところに行った。
「これは返すね、ありがとう」
そう言って角を渡すと、一呼吸おいて。
「降水も弱くなってきたし、ガン彗くんをいじめている、
精霊使いたちをやっつけよう。精霊は私にまかせてね」
あれ?
私、そんなこと思ってもいなかった気がするけど、
でも、どうすればいいのかは“知っていた”――
そうか、私は“フリ”をすればよかったんだね。
――まぁ、それはいいけど、さっきの迷彩してた人たちは、まだいるのかな?
私は、あたりを集中して探そうと思った。
……あっ、”思い出した”。呪文を唱えればいいんだ。
近くにいるロテュやレラにも聞こえるように、私は声を出してみた。
それに合わせて、ヴェルシーが魔法を使ってくれた。
どんな意味の詠唱だったのかはわからなかったけど――
その魔法は、この岩山を囲むように隠れていた、何百という人たちの姿を、
私たちに“見えるように”してくれたみたいだった。