101話:えっ、これってガン彗くんの角じゃない!?
ユキノキ国の特殊団に見えるね。ヴェルシーはそう教えてくれた。
それと、それから逃げているロテュとレラも一生懸命に、
岩棚を登ってくるのが見えた。
あの二人はまた余計な事をしたのかな?こちらにはガン彗君がいるんだから、
来てもらわない方が良かったかも。
「まずは瑠る璃があとで怒られないようにしようか」
そう言いながらヴェルシーが私の手を取り、
小指から一つずつ親指まで、五つのリングをはめていった。
「これは何? 殴るやつ?」
そう聞くと、ヴェルシーは笑いながら答えた。
「君の姿を大幅に変って見えるように作ってみたんだ。
急いでいたから一つのリングにまとめることができなかっただけだよ。
だからそれでなくっちゃダメだよ」
五つものリングは重かったけど、
私の何が変わったのかは、よくわからなかった。
「ここはもう国家間戦争が認められている場所だから、
いざという時にはやっちゃうからさ」
そうか――アメノシラバ帝国とユキノキ国は、そんな協定が昔からあったっけ。
戦争で死んじゃう人が多いと、復活で女神堂があふれかえるものね。
「とりあえず、二人を助けに行こう。また僕は姿を見えなくするよ」
そう言うと、ヴェルシーの見え方が変わった。
まるで立体感がなくなったような感じで――輪郭がにじんでいった。
「この距離で君から見えなくすることは、どんな魔法でも無理だよ。
あの二人からは見えていないから、今まで通りにね」
そう言って離れていくと、ヴェルシーの姿は本当に消えていった。
でも、声だけは聞こえていた。
それに誘導されるように、私はただついていった。
ガン彗くんも、ぺたぺたと音を立てながら後ろからついてきた。
この岩山には所々に岩柱があって、私たちはそこに隠れながら下へ降りていく。
肉体強化をかけてもらっている私なら、
「えいっ」と身長の倍くらいある棚も飛び降りられるけど、
ガン彗にとってはそれすら、まったく問題ないみたいだった。
階段みたいに段差が続いているところから、
レラがゆっくりと登ってくるのが見えた。
一歩ごとに足を引きずっていて、かなり疲れているのがわかった。
「レラ! 大丈夫?」
声をかけると、彼女は顔を上げようとしたけれど、
それすらもつらそうだった。肩が上下していて、
息ははぁー、はぁーと荒く、今にも崩れ落ちそうだった。
「ロテュ……まだ下にいる。別方向に行っちゃって……見えなくなった」
息を整える余裕もないまま、そう言ったレラは、
そのまま地面に膝をついた。そして、小さく「休息」とつぶやいた。
空気が一瞬だけ静かに揺れた気がした。
続けて、「休憩」ともう一度、今度は少しだけ違う響きの呪文を唱えた。
……正直、私にはその違いはよくわからなかった。
けど、レラの呼吸はすこしずつ整ってきていた。
地面に手をつきながらも、
ようやく顔をこちらに向けて、目を細めて見つめてくる。
「……瑠る璃ちゃん、なんだか変わったね」
「え? どこが?」
「うーん……背が伸びたような……あと、
なんか顔もちょっと違うような……でも声は一緒……かな?」
私はちょっと笑って、「成長期なんです」とだけ答えてみた。
レラはしばらく考えるように首をかしげていたけど、
やがて「あ、そっか」と納得してしまった。
「え、で、その子は……誰の子?」
「あ、この子はね、ガン彗君って言うの。昨日の夜、
私に声をかけてくれて……それで助けてくれた子」
ガン彗君は少しだけうしろでぺたぺたしていたけど、
レラの視線に気づくと、ぱたぱたと近づいてきて、
こんにちは、お姉ちゃん」と軽くぺこりと頭を下げた。
レラはちょっとだけぽかんとした顔をして、
でも「……よろしくね」と小さく言った。
まだ回復しきっていないみたいだけど、表情は少しだけやわらかくなっていた。
「こうなった経緯はあとにして、ロテュを追いかけようか」
私たちが階段状の岩棚を降りようとしたその時、
降りた先の曲がり角から多人数の怒声が聞こえてきた。
そのすぐ後に、ロテュの姿が現れた。
階段を駆け上がってくる彼には、疲労の気配はまったくなかった。
「おーい! おーい!」
そう言いながら、両手を振ってこちらに走ってくる。
その手には、なにか見覚えのあるものが握られていた。
……あれって、ガン彗くんの“角”じゃない!?
慌てて後ろを振り向くと、
そこにいたはずのガン彗くんの姿は――すでにいなくなっていた。